ピピピピピの爽やかな日記帳

ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

「選挙に行け」パワハラが深刻!投票を棄権するだけで義務違反の社会不適合者と笑われる日本

「選挙に行く行かない」の自由を搾取される若者たち

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 ここ最近、衆議院解散、総選挙の流れに乗じ、「若者よ、選挙に行こう!」「積極的棄権(投票放棄)とかふざけるな!」「選挙に“行かない”と主張している人たちは、“めんどうだから行かない”だけのナマケモノでしょ?」という声が、方々から聞こえるようになってきた。

 それどころか、『選挙権を行使しない国民=義務を果たさない社会不適合者』というレッテルを貼られてしまう。

 中には、「投票を棄権するのなら、日本の政治にただのひとことも文句をつけるなよ? おまえにその資格はない!」という、言論統制人権剥奪などなど、脅迫行為を仕掛けてくる輩まで存在する始末だ。

 これはれっきとしたパワーハラスメントである。

 他者の意思を踏みにじり、精神をとことん追い詰めることによって、『自分の価値観≒絶対正義』という攻撃的な思想を塗りつけようとする、一国の暴君によるヘイトスピーチに等しい。

選挙・投票をする上での『個人的な必要性』が皆無

 まず最初に断っておくと、僕はいつも散歩がてら投票しに行く。
 投票所が小学校の中にあるから、懐かしい気持ちになれるし、気分転換として悪くない。
 なにより、紙切れに殴り書きして投げ込むという――投票行為を行うだけで「社会不適合者」という烙印を押されずに済み、一市民としての暮らしが楽になるのは素晴らしいなと思う。

 僕にとって選挙とは、政治に参加するイベントではなく、世間体を取り繕うための儀式だ。

 選挙・投票という、政治の本質部分に参加する『個人的な必要性』は、皆無だと確信している。

 なぜなれば、まったくもって困っていることがないためだ。
 もしも仮に今よりずっと、若者冷遇・老人優遇の程度が強化されたならば、むしろ僕の人生においては好ましいとすら考えられる。
 理由は、将来不安にさいなまれる若い女子が増えると、遊び友達や彼女を作る際の成功率が飛躍的に上昇するからだ。
 不安になった人類は、すべての者に磁力を感じるようメカニズムされている。

 そして、社会が悪い方向に進んだとしても、それは国民全員に降りかかる火の粉であるために、「自分だけが損をしている……俺だけが底辺だ」という、『社会的報酬の欠落感』でつらい思いをせずに済む
 それゆえ、絶対的な豊かさは下落する可能性があっても、相対的には大して変わりがない。

 結論としては、選挙に行こうと行くまいと、社会が急発展しようと滅亡しようと、僕の高い幸福度はみじんも揺れ動きはせぬということだ。

 そんなこんなの経緯により、いくら説得されたところで、「社会を変えるために選挙へ行こう! 白票でも良いから投票しよう!」といきり立つことは出来やしない。
 今年のキングオブコントで準優勝を果たした、縄跳び職人のにゃんこスター・アンゴラ村長が、『もっとブスでデブで貧困に生まれていたら、勉強がんばるのだけど、、、』と、胸の内を披露していたように、僕がもし政治のせいで落ちぶれたら、「じゃあ頑張らなきゃ!」という原動力が生じるから、むしろ悪徳政治家に感謝するだろう。

 従って、この僕には選挙・投票に参加する『個人的な必要性』は皆無である。

次世代が得をすると、今の僕たち世代が精神的に損をする

 すこぶる性根の腐った発言をさせて貰うと、もしも良い政治家を国民でプッシュすることに成功し、『若者がより良く生きられる社会』に移行してゆくとしよう。
 たとえば、小池百合子がベーシックインカム(すべての国民に等しく、一定の所得を給付する制度)を検討・公約している訳だが、こういった大々的な制度には、「来年すぐやりますね」というスピード感は宿らない

 何が言いたいかというと、ありったけの儲けを得るのは、次世代である可能性が高いということだ。
 今、必死にベーシックインカムを宣伝したとして、それが30年後に実施されるとしよう。
 すると、僕たちは50歳くらいになっていて、「あー、結局、無職でも暮らせる時期って短くなっちゃったな」と愚痴を吐くかもしれない訳だが、その隣には、「いえぁ! おっさんたちは食うために働いてたんだろ? かわいそうな世代だな。ハハ!」と遊び狂う若者がいるかもしれない。

 このように経済的には損どころか得をしていたとしても、その状況をじっくり観察した際に、果てしのない損をさせられ続けている感覚(相対的不運)に陥ることも考えられる。

 僕は出来れば、「仕事しなければ食えねぇんだよ」という態度で、イソップ寓話・アリとキリギリスを嫌がらせのように喧伝することを、老後の生きがいにしたいと考えている。
 その点も含めると、ますます選挙に行く必要がないと思えるのであった。

国民の政治参加は、徹底的なまでにエゴを発揮する方が良い

 ここまで、選挙はくだらないものだと言わんばかりに、心情をぶちまけてきた訳だが、僕もいつか結婚してかわいい子供が出来るかもしれない

 その暁には、「ちゃんと選挙行けよボケコラ」と若者を叱りつけるだろう。

 なぜならば、息子・娘という自分の分身的な存在(次世代)に、利益をもたらしたいと思うからだ。
 未誕の子に愛は注げないが、生誕した子にはこれでもかと、すべてを注ぎ込みたい。

 この僕を恐ろしく利己主義者に感じる方もいるかもしれないが、こんな風に国民一人一人が自分のやりたいように行動することで、価値観・言動に多様性が生まれ、政治に必須な材料を与えることが出来る

 つまり僕の自我は、国の宝なのだ。

選挙が面倒で行かない人は、『選挙は面倒』という見えざる投票を行っている

 政治家は、国民の一人一人が浮上させた気持ちを汲み、国のあり方を流動的に変更させる必要がある。
 だから大切なのは、国民の本音と、政治家の本気なのだ。

 世間体だとか慣習に縛られて、惰性の行動を繰り返していると、社会は息苦しくなり続ける。

 極論、選挙が面倒で行かない人は、『選挙は面倒』という見えざる投票を行っている訳だから、立派に権利を行使している

 その声なき声を拾い上げ、新ステムを築き上げるため奮闘するのも、政治家の役割だ。
 我々国民は、やりたいように行動するだけで良いのである。

最近読んだ本・『選挙に行けイジメ』が増加する季節

ヒトは「いじめ」をやめられない(小学館新書)

ヒトは「いじめ」をやめられない(小学館新書)

 

いじめの始まりは、「間違っている人を正す」という気持ちから発生します。「おまえは間違っているだろう!」という気持ちで制裁し、「自分は正しいことをしている」と感じることで得られる快感があるのです。

 

いじめが増える時期は、6月と11月
(中略)
日照時間が変わる時期にあたるので、セロトニンの合成がうまくできず、分泌量も減り、その結果、不安が強まり、“うつ状態”を経験する人が散見される季節なのです。
(中略)
セロトニンの不足は不安を招くだけではなく、暴力性を高め、過激なギャンブルにはまるなど、悪い結果になることを承知しつつも、それを止められない“衝動性障害”を招くことがわかっています。

 などと書いてあるように、今は10月中旬だがこれくらいの時期から、衝動的に人をイジメる人が増えてくる。

 将来不安が激しく、正義感に燃えたやっかいな存在が、『「選挙に行け」パワハラ』を繰り出す季節の到来だ。

 悲しいかな、この社会には『良い大人なのに選挙に参加しない者は、大体、社会不適合者だ』という印象を持つ者が多いため、奴らは援軍を得たとばかりに、ちくちくと嫌みを放つ。
 そしてトドメとばかりに、「選挙に参加しない人間は、一生文句を口にするな」と恫喝してくる。

 だが投票の有無によって、言論の自由度が決まるとは、とんでもない。
 国民年金、住民税、消費税などを余すことなく支払っているのに、『選挙に行かない』という一点の曇りがあっただけで、社会人としてあるまじき、たわけと評される。

 正しいとされているものを武器にするイジメっ子は、たちが悪い。
 そういう人間に絡まれないために行うべき対策は一つだ。

 選挙へ行こう!

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「キモくて金のないおじさんとおばさんが結婚して子供を産むのは虐待!」と女子高生が語っていた

キモくて金のない生命の再生産は『罪』なのか?

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 とある早朝、JR北海道の電車に乗り込むやいなや、膝上20cmのミニスカを履きこなす、見目麗しい女子高生3.5人(うち一人は中学生)が盛んにしゃべり立てていた。

「良いねぇお嬢ちゃん、いい脚してるよ!」という所感を述べながら、僕は彼女たちに横付けした。
 すると次の瞬間、己の耳を疑いたくなる主張が鼓膜を突き破った。

「キモくて金のないおじさんとおばさんが結婚して子供を産むのは虐待!」

 なかなかのタブーを、平然とぶち壊す一言であった。

女子高生の語ったことを箇条書きにしておく

先行的な虐待じゃん。電光石火じゃん、その虐待。生まれ落ちた直後に災いかよ。

・「キモくて金のないおじさんとおばさん」が結婚出来ないのは良いこと。
 貧困と不幸の拡大再生産にストップを掛けられるから。

・あいつらが子供を産んだところで、「清くて金のあるお兄さんとお姉さん」を発生させる確率は低い

・うちらは、「キモくて金のないおじさんとおばさん」よりも、「未来の胎児」を救ってあげたい

キモさのフランチャイズ経営をやめろ。愛を取り立てるな。
 ブサイクでブスでハゲでメンヘラでコミュ障で根暗でKYな存在がいたとして、そいつが誰にも好いて貰えなくて絶望して、無職のごくつぶしニートになったら、みんな叩くでしょ?
 生まれただけで感謝しろって、おまえの境遇はおまえの責任だって、てめぇのことばかりで他人を愛せない人生は悲惨だなって。
 子供がかわいそうだよ。
 キモくて金のないおじさんとおばさん予備軍が誕生しちゃうよ。

・ゾンビパンデミックに歯止めを掛けよう。
 ラクーンシティは二次元だけで十分だ!

 さすがの僕でも心苦しくなるほど、無慈悲な言葉がたわわに実っていた。

 でも、周囲の乗客たちは心なしか、うなずいているように見えた。

 酷い、酷すぎる。
 これが国民の総意なのか? 人類社会における真理なのか?
 なんだこのリズミカルなディスの発表会は?

 胸の痛みを覚えながらも、「僕が聞かなきゃ、誰が聞くってんだ!」という執念を、終着駅まで燃やし続ける決心を固めた。

 続けざまに彼女たちは、「キモい奴=ヤバい奴」という図式について、タブレット端末を用いて丁寧な解説をしてくれた。

「キモい奴=ヤバい奴」という認識はなぜ完成するのか?

 多くの人間は、キレイな生命・物質が好き。
 ↓
 結果、キモいに該当する人類は後回しにされる。
 ↓
 「キモい奴対応マニュアル」が薄っぺらくなる。
 片や、「キレイな奴対応マニュアル」は分厚くなる。
 ↓
 それゆえ、怠惰な生物である我々は、攻略法がいくらでも現存する存在(キレイな奴)を選ぶ。
 人間の普遍的な心理傾向として、「よく知らない概念を恐れ、嫌悪する」いうものがあるからだ。
 ↓
 キレイ優遇キモい冷遇のサイクルが回り続ける。
 ↓
 キモい奴を遠ざ過ぎるあまり、彼らがアングラな狂気を漂わせているように見えてくる。
 ↓
 しかしながら、我々には倫理や良識が備わっているため、「キモい奴なんて思っちゃだめだよ。心はキレイかもしれないんだから!」という自制が働く。
 とは言いつつも、「でもキモい奴は嫌だ! 心だって汚いはずだよ!」という本音がせり出すことにより、強烈なジレンマに直面することになる。
 イライラする。すごい。
 ↓
 人間は、自己保存欲求が強いゆえに、「このイライラは俺のせいなのか? キモい奴のせいじゃないのか! そうに決まってる。奴らはキモい上に狂っている!」と責任転嫁をはじめる。
 この自問自答は、生存を賭けた戦いにも等しい。
 つまり、自己完結的に、キモい奴を忌み嫌うようになる。
 ↓
 以上の理由により、「キモい奴」=「ヤバい奴」という図式が完成するのだ。

 筋の通った話ごちそうさまでした、と僕は舌鼓を打った。

 思春期を生きる女子高生は、「わたしってかわいい?」とうぬぼれているだけだと誤解していた。
 ロジカルな青春も悪くない。

「キモくて金のないおじさんとおばさん」は、理屈の通らぬ次元で嫌われている

 女子高生たちの話を整理すると、「キモくて金のないおじさんとおばさん」が蔑まれるのは、人間生命の本能による働きのせいということになる。
 それゆえ、理屈ではあらがえぬ領域の問題ということだ。

 もちろん良識ある大人は、「容姿だとか貧乏だとかですべてが決まるわけじゃない」と綺麗事をぶちまける訳だが、そんな生やさしい社会であれば、「キモい」という概念は発生しないはずである。

 なぜ僕たちは、ゴキブリを恨むのか? カラスを敵視するのか?

 答えはシンプル。
 嫌なものは嫌だからだ。

簡単に結婚できない状況=親としての適格度を測るオーディション

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「キモくて金のないおじさんとおばさん」が、売れ残り――天涯孤独の身の上となりやすいのは、「嫌なものは嫌だ」という理不尽な理由で、隅に追いやられるためである。
 もしもこの者たちが、政府の介入、民間人のお節介などによって、強引にマッチング(結婚)させられ、ぼこぼこと苦し紛れに子供を産むとろくなことにならない。

 むろん、持たざる者である彼ら彼女らが、純粋100%の恋をし、おめでたいことに新規の生命を誕生させたのであれば、それはとても幸せなことである。
 なぜなれば、その夫婦生活のスタートは、『自発的に沸いた愛情を伝え、添い遂げる覚悟を決める』という高度なコミュニケーションスキルの所有を証明するものであるから、その子供も正常なソーシャルスキルを持った幸せな大人になりやすいためだ

 要は、コミュ力とメンタルが強ければ、キモくて金のないおじさんとおばさんでも、良い子育てが出来る可能性が高いということになる。

 ゆえに、「キモくて金のないおじさんとおばさん」は救うのではなく、そのまま放置しておくべきなのである。
 婚活環境を過剰にゆるめてしまうと、キモくて金がなくてメンヘラで、自分のことすらままならない人間が毒親となり、子供を苦しませてしまうかもしれない。

 言い方はきつくなるが、キモくて金のないおじさんとおばさんが簡単に結婚できない社会環境は、『親として適格なメンタリティを持っているかどうかをチェックするオーディション』の機能を内包している。

 キモくても金がなくても、不屈の精神で結婚を果たせるパワーがなければ、子は腐る。
 救われないとなにも出来ない人間は、どのみち救われない。

 そう考えると、今回登場した毒舌な女子高生たちは、ある意味、キモくて金のないおじさんとおばさんの心の強度を試す、結婚の神様といえるだろう。

 未誕の子に愛を。

最近読んだ本

生涯未婚時代 (イースト新書)

生涯未婚時代 (イースト新書)

 

「あるべき姿」から逃げる人が増えた場合、結果として「あるべき姿」とされていたモデルが王道として価値が上がってしまうという状況が起きがちなのも難しいところだと思います。

 主にネット上で、「『普通』に縛られない生き方をしよう!」といった内容の、弱者を救う目的でのアドバイスがばらまかれているけれど、そうした発言が増え、それを実行する者が増加するほどに、『普通』が高等なものになってゆく。

 よって、今まで当たり前にあった普通が、憧れの対象となる。

 そうであるから、「キモくて金のないおじさんやおばさん」が、結婚や子育てとは別枠の喜びを見つけられる社会になって欲しい、と願う人が出現するたび、より結婚や子育てが他に代えがたい幸福の鍵と化してしまうのだ。

 つまり、他人の優しさはいつだって、お節介なのである。
 自分の人生を幸せに出来るのは、自分だけなのだ。
 繰り返しになるが、救われないとなにも出来ない人間は、どのみち救われない。

ブログを10年書き続けて、「文章を書くのが嫌い」という結論に至った

絶望に追われて辿り着いた先が、白紙の上であった

僕が思いの丈を書き始めたのは、10年以上前である

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 入学して一週間で大学を辞めたとき、人が怖くなってバスに乗れなくなったとき、家族関係に亀裂が入ったとき、上京して知り合いが皆無でいつも一人だったとき、芸人養成所に通うも笑いのセンスのなさを痛感したとき、ホストクラブに入るも月々7万円しか稼げなかったとき、好きな子にフラれその子の妹にもフラれるというダブルパンチを食らったとき、彼女はおろか女友達すら作れなかったとき、多額の仕送り(月40万円)で無様な無職生活を堪能していたとき、ニートから脱却しようとするも正社員・派遣・バイトの一人バックレ祭りを展開してしまったとき、100万円以上の借金で首が回らなかったとき、低学歴低収入低身長かつブサイク&ブス&ハゲ&デブがひしめき合う魔界こと破格的ゲストハウスで暮らしていたとき、憎しみ煮えたぎるブラック営業会社の競争原理に焼き払われそうになっていたとき、自分が世界でいちばんに愚かで惨めな生物なのではないかと苦悩していたとき――

 そんなとき……僕はひたすらに書いたんだった。

 100円均一の日記帳からはじまり、ミクシィ、アメブロ、アメーバ、ライブドア、FC2、Seesaa。

 そしてはてなブログへ…

文章を書くのが苦痛だった、文章を書くのが嫌いだった

 散々、過去記事にも書いてきたが、僕は窓なしの違法建築物件に住んでいたり、親と半絶縁状態だったりで、心が割れて尖った瓶のようにとげとげしく荒れ光っていた。
 それに加えて、引きこもりニート歴4年、100社以上で働くも続かず(出社して挨拶後、契約書を書くのにくたびれてトイレの窓から逃げ帰るなど)、そして10インチ程度のネットブックだけが手元にある状況という、追い込まれた生活がそこにあった。

嫌だった、苦痛だった、不幸だった

 あの頃――僕がはてなブログに乗り込んだ5年前は、救いを求めて執拗に記事を投げつけた。
 目的だ、野望だ、そんな高尚な概念を抱える余裕すらなくて、ただ、ただ一心に言語的な猛り狂いを継続したのである。

 記事を書きたかったのではない、現実逃避の術を編み出したかったのだ。

 物書きの集うこんな場において口にすることではないかもしれないが、僕は文章によって救われたことなど、ただの一度もない

 そんなものは底辺の水飲み場でしかなかった。
 苦味が口内に広がり、幾度も吐き溜めを作りながら、それでもなお飲み続けたのはなぜか
 簡単なことだ、その一点しか僕の飢えを満たす方法がなかったからだ。

 自他滅殺思考が極まりに向かい、森羅万象を砕きたいという悪意が迸り、脳髄と精神がうごめくに任せてキーボードを弾きまくった

 書きながらに……すべてが蝕まれゆく予兆を人体の深みで持って感じ取っていた。

幸せな毎日を得た代わり、白紙の上に絶望が鎮座した

もう、良い意味でも悪い意味でも人の心を動かす文章は書けないだろう

 書く必要もなくなり、書くことも出来なくなり、すなわち鉛筆が折れた――いや砕け、そして遠くへと転がって行った。
 ごろごろと地割れの底に叩き落とされたごとき日々は、なんのかんので緩和、完治してしまったのだ(家族との絆再統合、父親が起業、この僕自身も営業会社に就職したのち親元で働き始めるといった具合に社会復帰した)。
 ちなみに愛犬のダックスは15歳の誕生日を迎え、妹は小売店に就職、弟はゲーム実況で大成したことにより少なく見積もっても上位1パーセントの高みに君臨する存在となった

 こうやって単なる個人ではなく、一つの家族単位が這い上がるように豊かになると、メンタリティが極度に強靭化する

 つまるところ、絶望の入り込む余地が消失するというわけである。

 端的に言ってもはや、負の感情(執筆欲)がまったくもって蓄積しない

 残念ながら僕は、とびきりの幸せを獲得してしまったのだ。

「書くことが大好き」と自己暗示し続けていた自分にさようなら

 ずっとずっと僕は、愚かなマインドコントロールを、己に施していたんだ。

 当初それは、自己逃避でしかなかった。
 だが日を追うごとに、余計余分な想いが付与されていった。

 自己救済のためだったはずの書くという「手段」が、いつの間にか「目的」へと変貌を遂げていた。
 そして最終段階、「面白い・楽しい・好き」という肯定語ではじめる自己洗脳生活。

 僕は己に騙され続け、10年もの間、ブログ記事を書き続けてしまったのだ。
 書くことに救いを求めているうち、それは恐ろしいほどに習慣化されてゆき、その圧力を伴った“継続”によって産み落とされた、亡者のアイデンティティが口を開き、「書くことが大好き!」という感想を口にせよと義務づけてきた

 好きだったんじゃない、好きだ、という思い込みの中にいた。

 肥大化した自己救済願望によって築かれた、極大の妄想に自我が巻き込まれてしまい、気が触れていった。

 もはや自我が先なのか妄想が先なのかも分からなくなり、自分という存在そのものが不安定になり、その不安感を解消するべく書いた――来る日も来る日も書いた。
 すると確立した、曖昧模糊とした自分が確立した、これまた来る日も来る日も確立した。
 ありとあらゆることが、ますます意味不明になって確立していった。
 虚栄心が確立した。己惚れが確立した。憂鬱が確立した

 好きなのか嫌いなのかも分からなかった、何がしたくて何がしたくないのかも判然としない迷走状態に陥った。
 全てが理解不能となり、機能不全を引き起こした。

 それゆえ、『書き狂うことで、自己確立した気分を病的に連打生成する』という、精神リソース消耗ゲームに興じる他なかった。

 すなわち、書いていたというより、書かされて生きていた。

落ちぶれた出来損ないは終身刑を食らう

 落伍者に成り果てた者にしか、穀潰しと罵られた者にしか、心得ることの出来ない底辺生活というものがこの世には存在する。

 この僕も奈落を舐める人間の一人だった。犬も食わない動く人肉であった。

 5年前の僕は……。

 高卒無職だった。借金まみれだった。働けなかった。
 隣人は半グレだった。夜中に怒声が響いた。壁に穴が空いた。
 星が綺麗だったある日、警察官がやってきて、なぜか動かない隣人にブルーシートを掛けていた。静寂が駆け抜けていくようだった。

 時を同じくして、とある会社の重役であった父親は、何の前触れもなく現れた経営者の親族に追い込みを掛けられ、一時的に休職するはめになった。
 仕送りが停止した。僕は頭を抱えた。

 愚かな自分と、後悔と、苦痛と、無気力と、寂寞感と、やるせなさと、それから絶望だけが残った。

 全てが白紙と化した。頭が真っ白になった。

 絶望牢獄に閉じ込められた。終身刑の判決が下された。

 もう、人生……終わった、と悟った。

精神的に極限の中において、書くことだけが現実逃避の手段であった

 僕自身が、気狂いの時間線を辿ってきて思い知ったことは、社会的ステータスが過度に低い人間は狂っているということだ。

 本当に将来がお先真っ暗な状態になると人は、極端にしか生きることが出来なくなる。
 己の内にある精神世界が、中道を粉微塵にしてしまうからだ。

 全ての者には普遍的な感情というものがあり、ある一定のラインを下回った暮らしをすると、かなりの確率で頭のネジが腐れ散る
 そしてそこまで深刻な状態に陥る者は少数派であるがゆえ、常人には理解されない=狂人と見做される、といった図式が成立し始める。

 ここまで来ると、疎外感がみるみる膨らみ、“安全な暮らし”という最低限の欲求が阻害されているも同じ心持ちで生きなくてはならなくなってしまう。

 自然と牙が尖り、爪が鋭さを増し、直情的なまでに社会を敵視するようになる。

 その攻撃性は、外部か内部か――つまりは己に向かうか、他者に向かうか、はたまた総崩れを志して諸刃で切りつけるか、のいずれかが自然選択される。

 結果。
 訳も分からず借金をすることを辞められなくなり、深い理由もなしにあらゆる概念を恨みはじめ、「自分が最底辺の状況にいるからこそ、他人が羨むようなとてつもない成功を掴まなければ生きている意味などありはしない!」と逸脱した思考をするようになる。
 もちろんそんな夢は、そうそう語ることは出来やしない。
 であるから猛烈なる本性を隠して、窒息しそうになりながら暮らし続けることになる。

 そうやって人は我慢を続けると自律神経に異常が生じて、疲れやすくなり、ますます無気力で無能な敗残者としての道を極め抜こうとしてしまう。
 生き様のバランスが崩壊してしまえば、それに伴って脳も正常に働かなくなるために、一企業における庶務業務すらやっとになり、出世どころか、明日の出勤すら望めなくなる。
 このような絶望の連鎖、不運のループが延々と続き、気付けば歳だけ重なりゆく。
 そんな自分に焦れば焦るほど、ますます心はどす黒く濁りを増し、果ては無重力空間にいるかのごとく、自分を一切制御出来なくなってしまう。

 世の中は残酷であり、その残酷さは大衆が予想しているよりもずっとずっと、破壊的に強烈なのである。
 それに加えて残念なことに、僕たち人間なんてものは、いくら傷付いたところで、強くなることもなければ優しくなることもない。
 鬼のように、自己中心的(自我から目が離せない)になるだけだ。

 そうした流れでもって僕は、嗜虐的で被虐的な熱意を宿し、無目的に書き続けてしまった。

 本来の自分とは、別物の、妖怪じみた書き手に成り下がっていた。
 考え過ぎたんだ
 思考という危険概念の取り扱いを誤り、自ずから闇へと没入していった。
 考え過ぎたんだ
 虚勢を張りに張って、視界が真っ暗になるほど張り巡らすという過ちによって、自ずから光を遠ざけていった。
 考え過ぎたんだ

だからこそ僕は、知能ではなく本能で命を全うしたい

 書くより読み、作るより破壊、努力よりサボり
 食う寝る買う、この三つ巴の生き様のみで幸福度は100%まで上昇する

 どうして僕は、そんな簡単な理屈に気付かなかったんだろう

 なんであんなにも見栄を張って、鋭利な鉛筆を掲げて叫び踊っていたのか。
 思考の末に憂鬱を呼び込んで不幸と戯れるなど、とんだ不合理だ。

 1+1が2でも3でも4でも5でもなんだって良い。
 真の幸福はあらゆるロジックを凌駕するんだ。
 僕は血反吐を吐くほどに、心臓が笑うほどに――そう悟り尽くした。

 結論。
 社内ニート最強。

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ピピピピピによる雑記・報告

 今回は一言の休止報告もなく、3ヶ月以上、ブログやツイッターの更新を止めたため、尋常ではない数の心配や応援のメッセージ(Gmail・ツイッターDM・LINEメール)が届きに届いた。

 ただただ感謝(๑¯Δ¯๑)/

 まだ一通も返信を返していない。さすがに今回は数が多いから遅くなるかも知れないけれど、ひとつひとつ、丁寧に返していきたいなと思う。

 めちゃくちゃに感謝(๑¯Δ¯๑)/

 ありがとうございますぅぅぅぅっっっっっっ!!!!!

 休止理由としては、以前から機会を見つけて、3ヶ月ほどSNSを遮断する実験をしようと考えていた。

 体感的にそこそこ長い期間を休んで思ったのは、何一つ不自由はないどころか、無駄な自問自答や感情エネルギーの浪費が減少したことで、現実空間を生きる僕の健康レベルがみるみる高まっていった。
 この辺は別な記事で詳しく書くつもりだから、今の時点で深掘りはしないが、ひとまずの結論として、SNSはドブの沼にも等しいなということが分かった。

 でもみんな優しかった。世の中、捨てたもんじゃないと思った!

 これからまた、ブログ記事もばんばん書きたい!

ゲーム実況(生放送)もがんがんやり始めた

com.nicovideo.jp

 今はニコニコ生放送でしか配信していないけれど、そのうちYOUTUBEと同時放送をして行くつもり。

www.youtube.com

 全く宣伝してなかったのに、ちょこちょこブログ読者が観に来てくれた。


ニコ生でゲーム実況中に、ブログ読者が観に来てくれた!

 やったー、と思った(๑¯Δ¯๑)/

飲食店でタバコを吸う喫煙者は、器物破損で現行犯逮捕すべき

本件における問題点の羅列

・店内が曇るほど流れてくるタバコの煙で、僕が自腹で購入した高級トンカツが台無しになった。

「吸わせて頂いてもよろしいですか?」という断りの一言すらなし。

人がお金を出して支払った料理を破壊しておきながら、代金を弁償する意思を示さない喫煙者

・最初からニコチン定食になることが分かっていれば、注文どころか入店することは絶対になかった。

食事中にタバコを吸う喫煙者は、器物破損で現行犯逮捕すべきであるし、損害賠償+慰謝料を被害者に支払う必要がある。

・「人の嫌がることをしてはならない」というモラルに反している。

・喫煙者側も、たとえば真夏に熱されたストーブを近づけられたら、「ふざけるな」と激昂するはずであり、彼らがやっていることはそういうことだ。

・たとえ喫煙席だとしても、それを盾にするのは卑怯な行為であり、法に違反しなければ何をしてもいいなら、こちらもグレーゾーンの嫌がらせを365日24時間仕掛けても許されることになる。合法の攻撃に対し、合法の反撃をするのは、正当な手段である。

これから先、僕がどんなに真摯に生きようとも、高級トンカツ代1500円が返却されることはない。

食事中にタバコを吸われてしまう被害に遭った

トンカツの高級店で、喫煙者にかつあげされた

 僕は1500円ほどの大金を支払い、『ミルフィーユかつ定食』と『ジンジャーエール』を注文した。

 今か今かと待ちわびること20分、「ご飯・味噌汁・キャベツのおかわりは自由となっています」という朗報と共に、食欲そそる料理が運ばれてきた。

 そして僕が箸を握り込んだ直後、辺り一帯に灰色の煙が立ちこめた。
 視界が薄らぼけて、一瞬何が起きたのか分からなくなった。

 すかさずメニュー表で仰ぎながら左右を確認すると、なんと真横のみすぼらしい夫婦がタバコをすぱすぱと吸っていた

 横目でちらちらと観察しただけでも、両人とも前歯が欠けていたりして、口内環境の劣悪さが見て取れた。
 つまり、彼らの汚染力は並大抵ではないということだ。

 僕が1500円出すことで勝ち取った、とんかつ専用座席に、悪性の口臭を含んだ副流煙が流れ込んでくる。

 もうこの時点で不法侵入であり、それのみかタバコの毒ガスが、かつの隙間に侵入し、ミルフィーユニコチン定食に成り果ててしまった。
 これほど明確な器物破損は他にない。

 1500円支払って有毒物を買わされる結果になった僕は、注文した手前、食べざるを得ないから、喜んで完食する大人の演技をする必要があった。
 それゆえ、「僕の1500円……」という悔しさをカツに染みこませることで、ニコチンの匂いを薄めながら、どうにかこうにか最後の一口を胃に流し込んだ。

 もうその時には、加害者夫婦の姿はなくなっていた。
 タバコの匂いを辿れば、彼らを追い詰めることは不可能ではないとも考えられたが、猛烈な吐き気に襲われていた僕は、そんなことより胃の内容物を吐き出したくてしょうがなかった。

 その日、僕が最後に発したのは、「げえげえ……うえぇ……うえぇ……」というニコチンを体外に排出するためのうめき声だけであった――

飲食店での禁煙法案を一刻も早く実施すべき

 非喫煙者に副流煙を吸わせることが許可されているならば、こちらも消臭スプレーで対抗することも許されてしかるべしだ。
 奴らの口元目掛けて、薬剤を噴出するしか対処方法がない。

 それがダメなのなら、被害者の泣き寝入りが常態化してしまう。

 ニコチンによる視覚・嗅覚・味覚のかつあげ被害は、全国的に深刻な状態なのだから、もっと豪快に締め付けを厳しくするべきだ。

 たかが煙と思う方もいるかもしれないが、そのたかが煙が、飲食店に広がる夢や希望を破壊してしまうことを忘れてはならない。
 もはや痴漢と同種の悪質な攻撃であり、「減るものじゃないから良いだろ」という欲情の論理で喫煙者は毒ガスを撒き散らし、僕たちの自由意志・人間尊厳を根絶やしにしようと活動しているのだ。
 法の抜け穴を利用したテロリズムという考え方も可能だろう。

 あの日、タバコを吸う薄汚い夫婦さえいなければ、僕は1500円を無駄にせずに済んだ。

 もしもこの記事を読んでいる人の中に、「そういえばあの日、隣のお客さんにタバコの有害な煙を吹き付けて迷惑を掛けてしまったわ」という心当たりがある方は、名乗り出なくとも良いから、心から反省して欲しい。

 僕が必死に貯めた1500円は消え去り、精神的にいくらかの損傷を負い、ニコチンにより微量ながら健康リスクが高まり、こうして怒りの記事を書くことで時間的赤字が膨らんでいることを、深く理解して頂きたい。

 再度トンカツ屋に行ったとしても、「そういえば嫌なことあったな……」と憂鬱な気分になり、今までの美味しさを二度と堪能出来なくなっているかもしれない。

 飲食店での喫煙は、人々に対して想像を絶する被害をもたらすという事実を、脳に刻み込んでおくべきだ。

 どうしても食事中に吸いたい場合は、交換条件を提示せよ。

ドリンク一杯奢ります」「ヒレカツを二切れ差し上げます

 そういった心遣い一つで、ニコチンを感じ取った際に発生する毒性のストレスが少しばかし緩和されるからだ。

 なんにせよ、平然と飲食店でタバコを取り出す奴らが許せない。

 無断で煙を吸い込まされるのと、何の前触れもなく北朝鮮が核ミサイルを発射してくるのは、非喫煙者からすればまったく同じ恐怖だ。

 暴対法をニコチンヤクザにも適用すべきである。

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雑記・読んだ本
人はなぜ不倫をするのか (SB新書)

人はなぜ不倫をするのか (SB新書)

 

結婚していながら他の人を好きになって何らかの接触をもった場合も、それは自分が決めたことではないのかもしれない。行動を起こす前に、思っただけで脳が準備を始めているとしたら、私たちは脳に操られて不倫をしているとも言えるのではないか――中略――ものすごく簡単に言ってしまうと、人間の脳は化学反応しかしていません。だから実は世の中のものすべてが化学反応だと思っていいんです。

 こう書いている通り、喧嘩も不倫も喫煙も号泣も爆笑も絶望も、全ては脳の化学反応が起こしていることであるから、もはや抑えようがないことなのだろう。

 所詮人間の人生なぞ、己のコントロールが利かずに大方の運命が決まってくる喜劇でありながら悲劇である理不尽な物語なのだから、何が良いとか何が悪いとか神経質に考えることを辞めて、まるで視界の全てが無法地帯であるかのような気分で自由気ままに野獣の如く生きた方が良い。

 ありとあらゆることを、「人間だから仕方ないじゃん」の一言で片付ける社会も楽しい気がする。

 喫煙を実行するってことは、吸いたくて仕方ないから、少々他人に害を及ぼそうとも吸ってしまう訳だから、仕方ない
 不倫を実行するってことは、不倫したくて仕方ないから、少々他人に害を及ぼそうと不倫してしまう訳だから、仕方ない

 どうせ人間生命なんてのは、いずれヤニカスじみた灰となって消えゆくのだから、酒飲んでタバコ吸って不倫して、やりたい放題やって生きるのも悪いことじゃない。

 寿命尽きれば徳も灰と化す。

 きっとあの喫煙夫婦は、こうしたことを僕に教えようとしてくれたのだろう。

 僕も老人になったら、飲食店で葉巻を吸いたい。

 そう、心から思わせられた。

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ごくまれにゲーム実況やっていますぅぅぅ!!


【ダークソウル3】まともにクリア出来たゲームがない僕の実況!!【DARK SOUL III】

結婚間近の友達が派遣社員落ちしたら、彼女に婚約破棄された話!信頼関係=幻想

 広告代理店の制作部で正社員として働いていた友達(33歳)が、一瞬で全てを失った。

 彼は社内に渦巻く、独特な体育会系の気風に耐えきれなくなり、退職した。

 事後、「実は会社、辞めたんだよね……」交際歴2年の彼女(28歳)に切り出したら、笑顔の一つもなしに、「そうなんだ」と返されたらしい。
 簿記三級講座で知り合ってからこの日に至るまで、こんな冷たい態度を取られたことはない、男は結局ATMかよ、とも語っていた。
 それから程なくして、LINEにて、『別れましょう。前から本気で考えてた。返信は不要です』と、ただそれだけのメッセージが送り届けられたとのこと。

 つまるところ、一方的に婚約破棄されてしまったのだ。

「無能な男子と情弱な女子」が交際した結果の悲劇

 本件の火種である33歳の男、マルオ(仮名)は、面白味が欠落している。
 しかしながら、「広告代理店勤務・正社員・真面目腐った顔」という要素が組み合わさることで、「黙々と策を練っている職業人」と肯定的に捉えて貰える機会が少なかれあった。
 それゆえ、イメージだけで全てを判断する類いの人々――インテリジェンス腐敗女子から、時折、言い寄られていた。

 その中の一人に、婚約破棄をかました28歳の女、マドカ(仮名)の姿があった。 
 頭は悪いが顔は良いという、天然清楚系キャラ85点という風貌。

 彼女はマルオのイメージに一目惚れし、そのイメージと交際していた。
 であるから、マルオが広告代理店を辞め、なんてことない派遣社員に落ちた瞬間にイメージの魔法が解け、心が冷めたのだと思われる。

 情弱ゆえに、論理ではなく、前後の脈絡がない、「なんかすごーい!」という感想で好きになったのだから、こうなるのは必然。

 どちらが良い悪いの問題ではなく、入れ歯の噛み合わせが悪くなり、ある日突然割れてしまったみたいな話である。

人間商品のコンセプトが変われば、相手の気持ちも一変する

「正社員の男性」が「派遣社員の男性」に突如変わるのは、お気に入りのアイドルが地下アイドルになるようなものだから、「うーん、じゃあもういいや」と愛想を尽かされるのは自然なことだ。

 人は利益を追い求める生物であるため、無意識に人間を商品として見ている
 ゆえに相手の市場的な価値が薄らいだと思えば、「時間的・肉体的・経済的損失」を防ぐために、早いとこ損切りしてしまうのは、僕たち人間の通常行動なのである。

 マドカは、「派遣社員のマルオ」に時間を費やすのは無駄であると判断し、会って別れ話をするまでもなくLINEメッセージで切り捨て御免を実行した。
 これ以上、人生の赤字が膨らむのを、本能的な勢いでもって防いだのだろう。
 彼女はもう28歳であるから、そろそろ美貌で男を刺せなくなる
 僕の見立てだと、美的消費期限は残り6年ほどあるが、それでも急ぐに越したことはないと考えたのだろう。

 次なる人間商品を求め、マドカは走り出した。

恋愛も結婚もビジネスと同様に、相互利益がなければ成立しない

「信頼関係」なんてものは、意想外に脆く、なにかの拍子に一瞬で消し飛ぶ。

 親戚に印刷会社の社長がいるんだけれど、この方は数十年前からコツコツとクライアントに喜ばれることを継続してきた。
 しかしながら今や斜陽産業であるがゆえに、廃業間近である。

 信頼関係は相互利益あってのものだと痛感させられた。
 相手にとって役に立たない人間になれば、信頼もクソもなくなるのだ。
 本当の意味で利益を度外視にした、愛情設計の信頼なんて皆無に等しい。 

 たとえば、売れない芸人を支え続けたファンの女子が、「身を削る心の綺麗な子」と評価されることがある。
 だけど実際のところは、「大好きな芸人をヒモとして飼える」ことそのものがメリットになっているのだから、しかと利益を享受していると言える。
 芸人側も、「タダ飯を提供してくれる好都合なタレ」の存在は有り難いのだから、そこに相互利益が発生する
 そして互いの価値をむさぼり合いながら、その状況に「信頼関係」という名を付けているだけの話なのだ。

 Win-Winのハイエナ関係ということである。

 気持ち良く共食いしている欲深い状態を、人々は信頼関係と呼ぶのだ。

雑記1・実は信頼も能力も、信用に値しないかもしれない

 積み上げた信頼、鍛え上げられた能力

 それらを誇りに思っている方々も多々いると思うが、今の今、在籍している会社にハレー彗星が直撃して倒産し、ゼロから再スタートしなくてはならなくなった際に、その信頼や能力が確実に使い物になるとは限らない

 実際のところ、「自己満足の思い出」止まりの役立たずの自己感覚でしかないこともある。

 無論、命の恩人になるレベルで人を救った過去がある場合は、何一つ提供出来るものがない状態でも、助けられた人が見返りなしに手を差し伸べてくれるかもしれない。
 でもそこまでに至らない、単なる「長年ちゃんと頑張りましたー」的な信頼であれば、あなた以外にもそのレベルの信用を持っている人は腐るほどいることが考えられるから、その信用のみでは使い物にならないこともありえる。

 能力――たとえばマネジメント、コーチングスキルなどでもそうで、たまたま以前の会社内のメンバーが扱いやすい、偶然が重なって尊敬されるポジションを獲得出来たため、「人を上手いこと動かせた」気分に浸れただけなのかもしれない
 その幸運に対して、カーネギー、マズローなどが打ち出した方法論を後付けして、「俺のやり方は正しかった」と勝手に勝利のポーズを取っているだけの可能性もある

 この競争社会で生き延びるには、信頼と能力を常にセットで高め、実際に成果、結果の上に腰を下ろしている状態を引き続かせなければならないのだ。
 人間界における、他人に対する信頼感なんてものは、想像以上に淡泊なものなのかもしれない。

 余談だが、僕の父親は、子の僕と違いビジネス的な吸収力・体力が凄まじいため、起業してからの営業率はゼロに等しいのに100社ほどのクライアントを抱えているが、それが実現出来たのは、信用+能力+持続中の実績が重なっていたからだ。

 単なる信頼のみ、単なる能力のみじゃ、これだけ過当競争が繰り広げられている社会では通用しないことも多々あるのかもしれない。

雑記2・イメージのみで恋に落ちる女子はすこぶる多い

 冗談抜きの話で、「広告代理店に勤務しています」と自己紹介するだけで、詮索なしに「すご~~い!」と目を丸くする女子は一定の割合で存在する。

 だからこそ、ぼんくら男のマルオも美人の彼女を獲得出来たのである。
「常人は所属出来ない世界!」という風に、大きな勘違いをしている子がちょこちょこいるから。
 もちろん実態はてんで違い、マルオはバイトのコールスタッフとして入社し、「君は営業に向いてないね」ということで制作部の雑用係に任命され、後に正社員化しただけなのである。
 だが、その過程を知らない女子は、「なんか良く分かんないけど、すごそう! すごそうな人かっこいい! とりま好き! 愛してる!」と、好意を進展させる。

 ちゃんと勉強していない女子供は、ふわっとした感覚のみで恋心を持ちがちなのだ。

 これは揺るがぬ事実である。

雑記3・結婚とは、相手を合法的に人質に取れる仕組み

 今回のマルオにしても、真っ先に結婚しておけば、美人を逃さずに済んだ可能性がある。
 状況が悪くなりそうな未来予測が出来たならば、早めに結婚して、相手を囲い込んでおく。
 法的な手続きを済ませてしまえば、簡単には別れられなくなるからだ。
 そういう悪意で、夫婦生活をスタートさせる者もいるかもしれない。

雑記4・人の努力の結晶は、儚くも霧散する夢幻に等しい

 培ってきたスキルがあーだこーだいったところで、それが新たな場所、新たな業務で応用出来なければ、赤ちゃんと変わらない。
 信頼関係も、努力の証も、全ては今のポジションによって正当化されているに過ぎない紛い物

 人間は悲しい生物だ。
 まずなにより、どんなに徳を積んで、どんなに知識を得て、どんなに仲間を作っても、最後に死んでしまう。
 無意味なことを積み上げる。
 それが人間の人生なのだ。

 もはや世の中には、素敵なこともくだらないこともない。
 全ては無意味だ。その無意味を楽しむ他ない。
 それゆえ、この世に素晴らしいものなど何一つありはしない。
 自分が主観的に良いと思ったものが正義となるだけである。

 僕はそう悟った。

 可愛い奥さんを手に入れても劣化し、そのババアと適当な子を産んでも、そいつもいずれは海の藻屑となり、この地球も最終的に破裂して、隣の太陽も遠い未来で冷え切る
 最後には理不尽な冷たさだけが、僕たち人間どもの余韻なき空間の中を彷徨い続けるのだろう。

 人類は、バッドエンドに向かって突き進んでいる――

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【ダークソウル3】まともにクリア出来たゲームがない僕の実況!!【DARK SOUL III】

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ヒカルの動画が日本1位に!高評価数トップ!ツイッターで喜び報告!

ヒカルの祭りくじ動画、日本一位の高評価数に!


当たりはなかった?祭りくじで悪事を働く一部始終をban覚悟で完全公開します

 再生数1000万、高評価数54万と、近年希に見る数字を叩き出したヒカル。
 ヒカキンやはじめしゃちょー大差をつけての勝利だ。

はじめの恋愛と受験失敗の話 / はじめしゃちょー(hajime) 高評価数:95,879 (再生回数:3,399,752回)

YouTubeテーマソング/ヒカキン&セイキン / HikakinTV
高評価数:185,764 (再生回数:19,238,839回)

【はじめしゃちょー強し】日本YouTubeで最も高評価が多かった動画ランキング2015 | 週刊動画RANKING!

 この結果を受けたヒカルは歓喜して、早朝のニワトリのごとくツイッターで雄叫びを上げている。

個人的感想!寿命が短い職業YouTuber

この先、過激さが飽和化したらどうなるのか?

 いつの日かきっとマンネリズムにハマって抜け出せなくなり、YouTuberを見くびりはじめるリスナーが今以上にどっと増えてゆくと思われる。
 なぜなれば、非日常を連発する動画投稿者が増え続けているからだ。

 例を出すならば、「タバコのポイ捨て注意からの喧嘩」「浮気の暴露」「テキ屋を挑発」「リスナーに現金100万円プレゼント」「一般人に対する無断ドッキリ」「橋の上から1万枚のカードをばらまく」など、これらは全て実在する動画だが、年々その数は増加している。
 数年前であればPS4を破壊したり、やらせの喧嘩をしたりするなんてのも新鮮であったから、視聴者たちはウキウキで楽しむことが出来た。

 しかしながら昨今は、それらが日常風景になってしまった。
 見慣れ過ぎた光景になってくると、人の心は動かされなくなってゆく

 それを踏まえて考えると、YouTubeの視聴者は必ずといって良いほど、いずれ卒業――投稿者の元から去ってしまうことになる。
 どれだけ熱狂的なファンも、所詮は消費期限が存在する脆いものなのだ。

 YouTuberってのは因果な商売で、現時点でフィーバーされている超人気者でも、いつかはその勢いも衰えてしまう。
 それを防ぐためには、TVでいうところの司会者ポジション、他の出演者を際立たせてあげるようなサポート的役割へと、タイミングを見計らって移行する必要がある。
 おっさんがメインコンテンツだとキッズは基本的に喜ばないからだ。
 もしくは、完全に耳の肥えた大人向けに、教養性の強いエンターテインメント動画を発信出来るようにするか。
 とどのつまり、顔出し系YouTuberってのは寿命の短い職業だなと思う。

 逆に息が長いのはゲーム実況、権威ある者の授業動画、車関連などマニアックな放送を行う者であろう。
 こういうコンテンツであれば、視聴者の実年齢・精神年齢が上昇したとしても、変わらずに見続けて貰える可能性が高いからだ。
 一世を風靡したお笑い芸人でも、50歳になってから漫才をやるとそんなに笑いは取れなくなる。
 それは技術とかセンスが消失したからではなく、「古い人」と見た目で判断されてしまうからだ。
 プロフェッショナルだなぁ~と感嘆の声は上げたくなるけれど、爆笑が吹き上がるようなことはない。

 人気業をやっている者たちはどこかで踏ん切りつけて、派手にポジション変更して行かないと、痛いことになりがちということである。
 それゆえヒカルも、残り数年くらいで尋常でないくらいに暴れ、YouTubeに巨大な爪痕を残して、さっと去るのが格好良いんじゃないかなーと思う。
 たぶんその方向で考えているのだろう。
 30歳超えてきたら、出演者側から運営者側へ移行して、どっしり構えた人生を送る気がする。

 ことにYouTuber界隈は年齢層が若いから、30歳そこそこの年齢でも、悲惨な絵面になりやすい
 そのぐらいの歳になったら、商品紹介など営業マン的な動画を出す方向にシフトしないと、「若ぶった痛い奴」認定されるだけの、マイナスなYouTuberになってしまうと思われる。

 顔出しYouTuberは、本当に寿命の短い職業だ

 だから、何の肩書きも技能もない30歳以上がYouTuber人生を楽しみたいなら、ゲーム実況一択なんじゃないかな。
 どんなに見た目が劣化しても、喋りと声だけは努力次第で研ぎ澄まされてゆくからだ。

視聴者側としては痛いおっさんYouTuberが増えて欲しい

 毎回見るようなファンには絶対にならないけれど、冷やかし目的で、「こんな何の変哲もないおっさんは今後どうなるのだろう……?」という風に観察したい願望があるからだ。

 これはたぶん僕が屈折しているがゆえの気持ちではなく、多くの人が心に抱いていることだと思われる。
 成功して欲しくないけれど、消えて欲しくない痛いおっさんYouTuber
 そんな不遇な立場に置かれる者が、今後どんどん現れるだろう。

 徹底的に大衆のおもちゃになる人、見下しの対象になる人が必要である。

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はじめしゃちょーが完全復帰!ツイッターで「ただいま」とつぶやく!

はじめしゃちょー、ツイッターで完全復帰!!

 公式ツイッター上で、「ただいまTwitter」と呟いたはじめしゃちょー。

 一時間も経たないうちに、『リツイート7万・いいね15万・リプライ2万』と、尋常でない速度で視聴者が好意的な反応をしている。

 YouTube動画の最終更新日が3月28日だから、約一ヶ月の休止期間であった

 おそらくはじめしゃちょーも、『一ヶ月間だけ休もう』と心に決めていたのだろう。

賛否両論!?視聴者の声まとめ

 ツイッターでもYouTuberコメント欄でも、『復帰を祝う声』が大半を占めている

 恐ろしいほどの愛されぶりである。

はじめしゃちょーが休止した理由の振り返り

 事の発端は、みずにゃんという高偏差値YouTuberが悪ノリ(暴露)をしたことである。


はじめしゃちょー、「まなみ」って誰ですか!?まさか彼女?


はじめしゃちょーが浮気・二股を


はじめしゃちょーの元カノが何故今暴露をしたのか?【理由】


はじめしゃちょーの暴露でツイッター凍結しました。

 そして闇の事実が出るわ出るわで、『三股騒動&未成年にも手を出した!?』というあらぬ噂まで流れに流れてしまった。
 しかも、彼女の1人に同事務所の木下ゆうかまでいて、泥沼の争いへと発展してしまった。

 最終的にはじめしゃちょーは、本格的な謝罪動画まで投稿することになった。


今回の騒動について。

 事実を認めた後もYouTuber活動を続けていたのだが、見るからに強がっているというか焦っているように見えた。
 結果、動画内でゴルフクラブを折ってしまい、企業の怒りを買ってしまったりと苦しい展開になった。


【大事故】マジですごいゴルフクラブ買いました!

 そして、はじめしゃちょーはファンクラブサイトにて休止報告をしたのであった。
 その間にも、リスナーから悪質な罵倒をされたり、実家住所を特定されたり、会社設立が発覚したりと、散々な目に遭っていた。

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個人的な感想!はじめしゃちょー復帰は素晴らしい

謹慎ではなくただの休止である

 はじめしゃちょーがツイッターにて、「ただいま」とつぶやいたことに対して、リスナーの中には嫌悪感を示している者がいる

・反省していないのかよ。
・休止中も遊戯王で遊んでただけなのに、もう復帰か?
・自分のやったことが分かっているのか?

 誇張抜きにこのような敵意をはじめしゃちょーに向けている者がちらほら存在する。

 しかしながら、謹慎処分をされた訳ではなく、単なる休止をしたに過ぎないということを忘れてはならない。
 ノンスタイル井上のようにひき逃げした訳でも、狩野英孝のように未成年に手を出した訳でもないのだ。

はじめしゃちょーは、謙遜せずにオラオラ活動するべき

 あれほどの大物YouTuberの立ち位置にいるのだからこそ、何事もなかったかのように復活した方が良い。
「ダメージ0だけど」的な涼しい顔で、動画を次々にアップするのが理想である。

 そうじゃないと、YouTuberのブランドイメージが弱体化してしまうからだ。

「トップクラスの人間でも、一発撃たれただけであそこまで落ちぶれるのか……」

 そんな風に視聴者に思わせないためにも、トップYouTuberとしての誇りにかけて、悪びれることなく今まで以上に力を入れて動画をアップして頂きたいものである。

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雑記・ブログのPV数が以前ほど伸びなくなってきたという話

 はじめしゃちょーの復帰問題とはまったく関係ない話をする。

 はてブにしても検索流入にしても、PV・収益的な大当たりの回数が減っている

 以前であれば、トレンド記事を書けばリアルタイム300超えは当たり前、はてブも100前後は簡単についていた。
 そのため、日に3万PVくらい叩き出せることもちょくちょくあった。
 今でも悪くはないんだけれど、大きな花火が上がらなくなっている。

 なんとか月間50万人以上に読まれる状態を継続し続けられる環境を作りたいが、そんなに甘くなくなってきた。

 であるから今後は、読みに来てくれた読者を捕獲して、完全なる飼育が出来るような、リピーター急増システムを作り出したい。