ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

おおかたの人間は、努力をしようとするから不幸になる

努力したい人、努力しない人、努力出来ない人

 個人的見解からするに、この三者の中では努力したい人が最も不幸せになる確率が高い。
 努力したいと思うのは、現状に満足していないからである。
 不平だらけの人生だからこそ、変化させたいと望む。
 そのため努力をしようとするが、なんやかんやで頑張ることを放棄しダラダラしてしまう。
 当然だが、環境は今までと同じく悪い。
 それどころか、努力が出来なかった自分に失望するから、気分的には以前より最低だ。
 努力したいのに、努力しない。
 環境は悪化し続ける。
 すると酷い無気力感に苛まれてしまう。
 自分の人生をコントロール出来ない、これほどの不幸はない。
 このように、努力したい人の夢や希望は砕け、不幸せが固定してしまうのだ。

努力しないことによる幸せも存在する

 そして残りの二者、努力しない人と努力出来ない人は、努力を必要としない素晴らしい人生を送っている。
 こうした人々の表情は豊かだ。
 安いスパゲティ屋さんでも、嬉しそうに麺を啜ってる
 尊敬すべき人々である。
 ちなみに、こうしたお店に努力したい人を投入すると、一気に空気が悪くなってしまう。
「低俗な輩だ。皿が汚れてるじゃねぇか。汚いヌルいガサい、なんだねこの店は! おれに金がありゃ……こんな民度の低い、人間ならざる者が経営している穀潰しの店は打ち砕いてやるのに……。努力してのし上がるから見てろ!」
 このように、努力したい人は敵愾心たっぷりであり、いつ危害を加えてくるか分からない危うい存在なのだ。

 であるから努力したい人を見つけたら、
「君には無理だ」「仮に努力してどうなる? 思うほど実現出来ることは少ないぞ?」「君より優秀な人間が努力した末に貧乏になった」「お前がどんなに頑張って成果を上げようと、俺が人生を賭けてお前を不幸に陥れるから無駄だぞ」
 苦々しい顔で、真っ暗な未来を想像させてあげよう。

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努力したいと思った時点で、大概の人間は痛い目を見る

 デブはだいたいデブのままだし、リバウンドにより、デブはデブとして更なる飛躍を遂げるだけだ。

 本気で努力する人間は、意識的に努力するよりも前に頑張ることが出来ている。
 努力とは恵まれた者の特権であり、その他の者が努力しようなんてのは甘い。

どうせ辞めてしまう努力は最初からしないでおこう

 それよりも努力出来る者に寄生するべきだ。
 誰が誰に寄生することはイケマセン、などといった法律はない。

 今日から僕たちは、ハリガネムシだ。