ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

生きて痛みを知った分、人にも痛みを与えたいと思うようになった

一般人は、痛みを知るほどに優しくなるらしい

 だが僕は、痛みを経験したことによって精神的に不健康になり、更なるどん底に落ちるという終わらない激痛を味わうはめになり、結果、厳しい人になった。
 どうせ自分が痛いなら、みんなで痛い思いをしたい。

一度きりの人生だからこそ、自分だけがのたうち回るなんて絶対にイヤだ

 自分を犠牲にしてまで、他人を楽にさせてあげたいなんて正義感は欠片ほども持ち合わせちゃいない。

痛みを免罪符にして、他人を痛めつけたい

 きっとこんな風に思ってしまうのは、僕が根っからの良い奴で正直者で頑張り屋さんなんだからだと思う。

 良い奴だからこそ責任を背負い込み過ぎて病んでしまい、正直者だからこそ働きたくない! 会社に行きたくない! と叫んで世間の反感を買ってより病みが深刻になり、頑張り屋さんだからこそ取り返しのつかない事態を招いてしまう。
 自分という人間のあまりの素晴らしさに感嘆するばかりだ。
 あまりの素敵さに、病んでいるからとはまた別の理由で、仕事を休みたくなる。

喜びを共有したいと思うのと、痛みを共有したいことに違いはない

 殴られたらやり返せ。
 こんな気持ちで生きている人間はたくさんいると思う。
 僕はそれを、痛みを感じたら痛みをまき散らせ、という言葉に変換して使っていきたい。
 痛みを感染させるんだ。
 自分一人だけがこてんぱんにされる人生なんてあってたまるか。

 僕は痛い人生を送っている。
 痛みのない人生を送っている人もいる。
 ならば痛み分けをしよう。

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みんなが痛がっている

 そういう環境では恐怖心が減る。
 みんなが大体100年前後で死ぬ。だから寿命だもんねー、と穏やかに天国へ行ける。そういうものである。
 仲間はずれにされていない、その前提の元で痛みが発生するのであれば、これが人間の人生だってことで受け入れられるものなんだよ。

 社会は不公平だ。当然である。
 だから当てもなく殴り込みに行くんだよ。
 せめて一発ぶち込んでやりたい。
 相手が誰でも構わないんだ。

 なんて残虐な人間だと非難したくなる人もいるかもしれない。
 でもこれは、社会のためなんだ。
 僕は、ほかの痛がりし者の代弁者だから。

 痛みが進行すれば、耐えられなくなって暴れてしまう。
 だから結局のところ、今暴れるのも、後で暴れるのもなんら変わりがない。

 不甲斐ない人生という痛み
 慶応や東大や京大に入れなかったという痛み
 読者モデルのように受動的にモテ続けたかったという痛み
 こうした激痛をすべての人間に味わって欲しい。

同情なんて必要ないんだ

 みんなが痛がっている阿鼻叫喚の惑星。
 それしかいらない。
 それだけが、僕のクリスマスプレゼントとして相応しい。