ピピピピピの爽やかな日記帳

ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

努力しないまま成功者になりたい。努力しないで成功することを夢の実現と言う

 だって努力してしまったら、自制心が身についてしまって、成功者になって大金を得た際に羽目を外せないから、結局なんのために成功したのか? という気分になってしまい、やるせなさが成功の喜びを超えて、結果、燃え尽き症候群になり死んでしまうかもしれないからだ。
 人生は生きてこそであり、生きているからこそ成功出来るし幸せを享受出来る。
 なので、なるべく死と対局の位置でガッツポーズしたい。
 それに、成功によって得た金や名声は保存しておくべきものではなく、フルに活用してこそ人生が豊かになる。
 忍耐や辛抱を口にして、歯を食いしばって耐えてきた人間は、もったいないだのなんだの言い始めて出し惜しみしてしまうだろう。
 そんなんでは最初から得る必要がなかったということになるではないか。
 必要は発明の母というのに、実際そんなものがなくても問題ないような生き方をしている成功者は、母親殺しをしたも同然だ。
 闇雲に発明するべきではない。努力する人間は成功に値しない。
 乱暴に大盤振る舞いしてこそ成功者だ。
 金で女を買い、その事実を金で揉み消し、金の有り難さを肌身で感じる。
 成功すれば金の力で善人ぶることも出来、善人ぶっているうちに本当の善人になって、真の名誉を手に入れられ、死んだ後は極楽天国へと旅立つことが可能だ。
 そうやって成功した瞬間からエスカレーター式に天国まで昇っていけるような、高次元の成功者になりたい。
 努力しないで達成感を得て、人に賞賛の拍手をしてもらい、胴上げもされたい。
 努力するということは、他の楽しみを犠牲にして一心不乱に頑張るということだ。
 もうその時点で、甚だしく人生が現実的になってしまい、夢でもなんでもなくなってしまう。
 そんな堅苦しい人生の延長線上に成功があったって、ダイヤモンドに似た石ころを拾ったのと一緒でなんの喜びもない。
 なのでそういう石ころを拾ってダイヤモンドと勘違いしている、必死に努力して頑張って生きた結果、成功者(紛い物)になった人々を心底軽蔑しています。

 僕は、真の成功者になりたいのです。

 

 

きみに努力はいらない

きみに努力はいらない