ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

『小説家になろう』にて約一ヶ月で17万文字書いたけれど、全く相手にされなかった話

創作

(※追記 新人賞に送ったため、一端、非公開にしますた!)

僕の書いたラノベ作品と、現時点での評価数字

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 理由として考えられるのは、単純に滑っている、構成が悪い、キャラが薄っぺらい、ちょこちょこ入れたギャグが寒い、冒頭で引き込まれない、砕けた感じの文章が読みにくい、あらすじに訴求力がない、ワードセンスが古い、冗長な箇所が多い、改行が雑、章タイトルが適当過ぎる、描写が下手、会話のリズムが悪い、などなど。
 
 複数のダメ要素が絡み合って人気が振るわない結果に終わったのだろう。
 小説家になろうの流行にすり寄せようとしたけれど、結局自分が書きたいように最後まで行ってしまったという中途半端っぷりも、原因の一つかもしれない。
 
 書き始めの頃に下記のような、仙人様の慈悲みたいな感想を書いてくれた人がいたから、小説家になろうってのは、ぽっと出の新人の気分を盛り上げてくれる心優しい人だらけなのかなと思ったが、実際はこの人が特別に愛情豊かであっただけで、基本的にはスルーされ、冷たい空気に喰われる弱肉強食の世界なのだと思い知らされた。
良い点
凄まじいの一言。
絶句するほどのおもしろさがある。
材料や構造は普通のラノベに近いのに、全く違う何かに仕上がっている。
現実へ狂人の悪夢が浸食しているような不気味な世界観に、読むと不安感を覚える一方、不思議な期待感も膨らんでいく。
この奇妙にして強烈な物語の終着点はどこなのか。
とにかく楽しみな作品です。
一言
最初は「なんだこれ?」って感じでしたが、読む内にすっかり魅了されてしまいました。
素晴らしい作品をありがとうございます。
これからも頑張ってください。

小説って書けば書くほど訳が分からなくなってくる

 やはり感性が鈍くなっているのかもしれない。
 もうすぐ30歳という年齢であるし、感覚がおっさん化しているのだろう。
 文章が老化しているのかもしれない。
 僕だって一般小説なんかを大量に読んでいるときに、「なんかセンスが古いなこの人」と思ってしまうことがある。
 面白さって書き手の持ってるリズム感で決まるんだろうし、文章をいくつも紡いでいく過程で徐々に発生して行くもんだから、誤魔化しが利かないんだろうな。
 華麗な文章力だとか流暢な描写力みたいなんてのは、多読しつつ書けば高まる能力であるけれど、客観的指標を作ることが難解な面白さっていうものは、修行で身につくものじゃない気がする。
 これは文章を書くことに限らず、お笑いとかHIPHOPなんかも似たようなもので、ある程度売れていく人って大概最初からなんらかの形で光っている。
 ぐっだぐだなのになんか味がある。
 それを持ってないと通用しない世界なのだろう。
 特にラノベの世界ってのはこの傾向が強くて、才能で勝負するしかない世界な気がする。
 キャラクター小説って呼ばれるくらいだし、それって漫才で人を笑わせるようなもんだよね。
 漫才師って裏でみっちり努力している訳だが、売れる必須条件は素質がある×努力だ。
 素質のない人が努力をすると痛々しくなり、よりつまらなくなる。
 これはKYな人が無理矢理空気を読もうとして、場の空気を凍らせるのに似ている。
 非モテが彼女を作ろうとしてストーカーになるような感じでもある。
 無能の人生ってのは、いばらの坂道。
 小説を書いて評価されようとするってのは、大変だ。
 でもまぁ正直なところ、人生って大抵は最終的に運で決まると思うし、そういうこと度外視にして好きに読書して好きに作品を量産していれば、いつかなんらかの賞とか受賞出来るかもしれない。

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20年以内にジャンルは問わずプロになりたい

 僕の場合は親の会社で働いているのもあるから切羽詰まっていないし、好きな題材を好きな時に好きなだけ書くっていう方針で創作活動をしようと思う。
 生活の為ではなく、人生を満喫するための一生続く娯楽として書き続けるために受賞してプロになりたい。
 金は本業で稼いで、それで本や資料を買って作品を書いて評価されるのが理想。
 僕はどちらかと言えば金の掛からない人間であるし、常に犬(ダックスフンドに限る)がいて、毎月自由に使える金が10万円あれば十二分に満足出来る。
 年間120万円を遊びに使えたらそれで幸せという安上がりな人間である。
 それに加えて、食費60万円あれば良し、美容院費7万2000円あれば良し、犬のおやつ費6万円あれば良し、トマトジュースやサプリなど健康消耗品費に9万6000円あれば良し、書籍費に10万円あれば良し、ゲーム費に5万あれば良し。
 そういうのを全部足しても、年間217万8000円で済む。
 
 今はなんやかんや経営者である父親に仕事を振って貰って働いているから、人に喜ばれ喜ばされの関係の中で、毎日生き甲斐というのを感じるんだけれど、僕が50歳ぐらいになって親がぼっくりあの世に行ってしまったら、多少なりとも寂寞勘や喪失感に苛まれると思うんだよね。
 希望を己の力で築きたい欲求がある。
 親からクライアントをはじめとした資産を受け継いだだけでもそりゃ豊かになるし幸せなことなんだけれど、それって僕が頑張って歩いて取りに行った希望や喜び、幸せじゃなくて、横から金銀財宝が突っ込んできたようなチートに過ぎないと思ってしまうんだ。
 そういう札束とぶつかる交通事故よりも、自分で一歩ずつ進んで少額の金を積み上げて行く、独力の人生を歩みたい。
 僕の家は大金持ちではないにしても、そんなに古くない一軒家はそのまま貰えるし、過剰な贅沢をしなければ生きていくことは可能だ。だが、ただ生きる人生って辛い気がする。
 であるから社会との接点を、死ぬ直前、棺桶に入って燃やされるまで持つために、20年くらい掛けて自分の好きなことを仕事に出来るようにしておきたい。
 20年以内にプロになりたい。
 ラノベだけでなく、純文学とかエンタメ系も書き続けて送りまくろうと思う。
 といっても、才能の世界だから20年やっても無理かもしれない。
 仮にそんな残念な結果に終わったとしても、書くってのは遊びの一つなのだから、芽が出なかっただけで20年間遊べたということになるし、それもそれで良い。
 才能があったかなかったかは、20年やって見てからじゃないと分からない。
 だから本業と並行しながら書き続けようと思う。
 十万文字超える文章ってのは、もはや自我をいくらか砕いて注ぎ込んだのに近いもんだし、そういう自分のドッペルゲンガー的な作品を褒められると、人類としての究極の喜びを得られるんじゃないかなって考えた。
 もちろんそれは想像でしかないから間違っているかもしれないけれど、間違っていたらそのときにまた考えれば良い。
 一時期ライターなんてのもありかと思ったけれど、自分の感情を殺して事実ばかりを伝えるのは向いてないって思った。
 我が強いままに出来ることじゃなきゃ嫌なんだ。
 もちろん小説家一本で暮らしを支えなければならないとなれば、きっと喜びよりも焦燥感に支配されて、早期引退したくなってしまうかもしれない。
 だから別方面で金を稼ぎながらやる。極端なこと言えば壮大な日記を書くような感覚、暇な人生の中で始める長時間の瞑想みたいな気持ちを持ってやるなら、死ぬまで書くことを楽しめるんじゃないかと思うんだよね。
 それに年間217万8000円で慎ましく暮らしながら、そこから頭出た金を全て貯金しておけば、死ぬまで幸せに書きながら生きていける可能性が高い。
 もちろん途中で散財したくなったりするかもしれない。
 そしたら、お金を盗まれたと思えば良い。
 そうやって生きながら書き続けて、運良く少々でも稼げたら、その分犬を飼おうと思う。
 犬の数を見て、自分がどれだけ頑張ってきたかが分かるような人生にしたい。
 やはり最終的には6匹ぐらいのダックスフンドに囲まれて暮らしたい。
 珍しい色のダックスフンドになると一匹30万円ぐらいしたりする。
 吟味して買おう。

 

 

シャチになりましたオルカナティブ (角川スニーカー文庫)

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じっと見つめる君は堕天使 (角川スニーカー文庫)

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 小説家になろう書籍化作品では、上記の二冊が圧倒的に好き。