ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

弱者のワガママのせいで、強者が搾取される社会になっていませんか?

甘えと悲鳴を一緒くたにしてはなりません

弱者が有効利用出来る武器を持ち過ぎています

 ポリコレ、個人の尊重、自由な働き方、文化資産、自己責任論、多様性、努力論
 このような多種多様な言葉を用いて、大仰な嘆き節を展開することで、利益を貪ろうとする怠惰な人々が大量出現しています。
 無気力に横になって、ジャンクフードを食べながらテレビを視聴するような堕落した生き方を自ら選択しておきながら、彼らは「報酬を寄越せ!」と叫んでいるのです。
 人生において、外部から運ばれてくる幸福というのは、成果に対する報酬でございます。
 皆々様が、内発的に幸せな気持ちで生きて行くのは素晴らしく美しいことですが、成果のせの字も知らないような暮らし方をしておいて、「もっとわたしを幸せにしろ!」「国家が責任を持って不幸せな弱者であるわたしを救命せよ!」と脅しのように懇願する態度は、繊細ヤクザと言いますか、ただの輩の端くれの行動です。
 そうした非常識で不道徳で野蛮な態度は、即刻、改めるべきでしょう。
 あなた達が敵視する強者のお陰で、日本社会は軽快に回り、携帯電話やパーソナルコンピューターといった最新機器に触れられているのだということを、今一度、深く考え、感謝し、謙虚に生きなさい。

IT化が推進したことによって、いわゆる弱者の核兵器・SNSが盛んになってしまい、我欲まみれな者たちの言葉が、鮮烈巨大に世界中を飛び回るようになりました

 そうした多方面から発射されるルサンチマン砲のために、有力企業の柔軟性が損なわれ、経済活動が停滞するという憂き目に遭遇しているのが、まさに現代日本なのです。
 負け犬が遠吠えを始めたかと思ったら、喉元からミサイルが飛んできます。
 そのように強欲で愚劣な人々が決起し、傷の舐め合いという自己正当化活動を継続しながら、善意で生きている強者の元に、卑劣な襲撃を仕掛けるような社会になっています。
 弱者という立場を利用する人が、あまりにも増え過ぎているのです。

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白飯と味噌汁と野菜が食べられたら幸せなはずです

「弱者に救いの手を差し伸べよ!」などという口喧しい無用の言説を弄する方がいらっしゃいますけれど、日本という豊かな国で最低限のご飯を食べられているだけで、十二分に国に守って貰えている、という感謝は沸いてこないのでしょうか?
 世の中には分相応という言葉もあるとおり、結果を出していない限りは最低限の生活を強いられるのは至極当たり前の話であり、何のソリューションもしていないのに、今よりも上の暮らしを望むなど言語道断です。
 恋愛、結婚、子育てなどに関しても、これらは勝者向けの娯楽ですし、誰もが当然に出来るものではありません。
 この私も、クリスマスは一人で過ごさなくてはなりませんが、それは決して不幸せなことではなく、イブに白飯と味噌汁と野菜を食べて生きられるだけで幸せなのです。
 強者は、常に結果を出して生きています。
 ビジネスモデルを確立したり、社員をマネジメントしてやりがいを植え付けて働かせたりと、更なる文明開化へ向けて、死に物狂いで馬車馬のように頑張っているのです。
 しかしながら、人生に負けてマジギレしたルサンチマンを蓄積した大貧民たちが、「資本主義のゾウ」などと強者を煽り立て、騒ぎ立て、矢も盾もたまらず罵詈雑言にも似た批判を口にしてしまいます。
 さも全ての強者が、弱者から搾取しているような物言いで、呆れる他ありません。

そもそもほとんどの強者は、逆に損をしています

 社会にとって有益な働きかけをしている場合が多いのにも関わらず、弱者が無責任に口走る、恨み辛み妬み嫉みが原材料の誹謗中傷によって、本来はもっと金銭や名声を得られるはずなのに、あえてささやかな利益しか受け取らないという行動を取らざるを得なくなっているのです。
 つまりこれは、弱者が強者から搾取をしているも同じなのでございます。
 人間社会で最も優遇すべきなのは力のある者です、社会に影響を及ぼすカリスマ性のある者です、それ以外の弱者たちには最低限のセーフティーネットがあることを伝えたら十分なのではないでしょうか?
 元来、資本主義というのは弱肉強食の競争な訳ですし、敗者が勝者のような暮らしをするのはルール違反とも考えられます。
 もちろん日本は民主主義でもありますから、人民全体への福祉的提供も考えなくてはなりませんが、それは個人が転落した際に最低限の食物を得られたり、難なく病院に通えるようなものだけで十分です。
 敗者なのに優遇される社会になってしまうと、資本主義レースの質が低下してしまい、有能で未来ある人々が力を抜いてしまうようになることも考えられます。
 そうした最悪の未来を防ぐためにも、強者を徹底的に優遇し、更なる日本経済の活性化、技術の進化などを目指すべきでしょう。
 私の父はコンサル系の会社を経営していますが、はっきり申しまして、見返りがあまりにも少ないと感じております。
 企業に対して有益なアドバイスをし、その結果、業績が向上して地域市場が活性化しているのですから、今の何倍もの助成金を国家が支給すべきではないでしょうか?
 そうすれば回り回って、その会社で懸命に働く私をはじめとした社員の金回りが良くなり、恋愛したり結婚したりすることで経済が上向き、少子化対策にもなり、最終的に日本という国が強固になる訳です。
 このまま、悪意ある弱者たちが、強者という貴重な生命を蔑ろにするようなことを放置していると、人類全体が衰退してしまうことも考えられます。
 そのため、強者最優先、強者最優遇、これらをポリシーにきちんとまともな実効性のある施策を打ち出して頂きたいのです。
 弱者の声に耳を傾けるのは大切ですが、悲痛の声と、自己中心的な駄々こねを切り分けて考えるべきでしょう。

人間社会において大事なのは、頑張ることではなく、結果を出すことです

 成果物に対して報酬が支払われるべきであり、過程や忍耐といった曖昧模糊とした主観的な価値しか存在しないものは、ないものとして考えましょう。
「頑張った」という言葉が、「ワガママを口にした」と捉えられるような社会になるべきですし、「成果を出した」という言葉が、「頑張った」と捉えられるような社会になるべきなのです。

甘えが許されるのは18歳までとなっております

 世の中には、二つの道しか存在しません。
「貫徹」か「堕落」かの、二つに一つです。
 成果を出さない限りは、どんな物事も全てはサボりです。
 頑張ったけど出来なかったというのは、怠け者であることの証明でございます。
 寝言を口にして、日本に恩恵をもたらす強者に迷惑を掛けるのはお辞めなさい。
 No pain, no gain
 痛みなくして、勝者にはなれません。
 血眼になって頑張り抜いた者だけに、賞賛の言葉は与えられるのです。
 痛みに耐えてよく頑張った、感動した。小泉純一郎。

 

黙って寝てはいられない

黙って寝てはいられない

 

 

スパルタ教育

スパルタ教育

 

(私の尊敬する石原慎太郎が書いた本です。座右の書としています。『いじめっ子に育てよ』『暴力の尊厳を教えよ』『浪費こそ最大の貯金であることを教えよ』など過激な物言いで、社会の本質を捉える考えが書かれているため、読んでいると負けてられるか、ちくしょう、と弱り切った根性を入れ替えることの出来るドーピング剤のような一冊です。こうした書籍からパワーを抽出し、心に差し込み、人生を暴力にも似た過激なやり方で制しましょう)

追記・記事批判に対して痛感したことをツイートしました