ピピピピピの爽やかな日記帳

ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

真面目系クズが蔓延るネット社会 セルフハンディキャッピングとルサンチマン芸

自分を守りながら、他人を潰そうとする真面目系クズ

「これ不快です!」「こういうのは酷いですよ!」という一見、正義を気取っている人たちは、正義を貫いているのではなく、快・不快に基づいた差別紛いのことをしているだけである。
 議論はしないが、「あなたはバカ」ということを自分の陣地で叫び、仲間を集め、「あんなブログは見ない方が良いよ」「そうだよそうだよ!」と傷を舐め合う。
 自己保守を極限まで高めようというルサンチマンクラスタの出来上がりだ。
 極めつけは、こちらが逆にそういう人の記事に対して、真っ当な具体的批判をすると、「なんなのこの人!! ふざけないで!!」とガチでキレ、マジでヒステリーを起こし、ラリって泣き芸を披露しながら、「私は弱いのに……」「○○ちゃんは悪くないよ」という卑劣な助け合いを始める。
 人には物申すのに、他人の意見は許すまじ、というこの態度。
 やはり、真面目系クズというバカが社会を悪い方向に進行させてしまっているんだよね。

nikkan-spa.jp
 僕が口にするバカの定義は、脊髄反射的に負の感情を露わにし、暴言に類する言葉を吐き散らかして、人生と議論から逃げる人のことだ。

セルフハンディキャッピングによって、同情を引き出す真面目系クズ

 議論を拒否するバカに限って、「私は頭が良くないので……」「私は出来損ないなので……」「私は発想力がないので……」といったセルフハンディキャッピングを真っ先に行い、自分が議論しないことを正当化している。
 そこへもしも、「大丈夫です。あなたがバカなのは周知の事実です。頭も回らないし、出来損ないで、発想力もないことなんて、あなたがわざわざ口にしなくたって、日頃の言動を見ていれば一目瞭然ですよ。バカなりに意見を下さい。既にあなたはバカなんですから、これ以上バカにすることは不可能ですし、バカの深掘りって難解なんです。それともバカというのはバカと言われたくないからこそ使用した逃げの言葉なのでしょうか? バカに加えてペテン師という属性も付与されてしまいますが、宜しいでしょうか?」と伝えると、「誰がバカよ! 人を舐め腐らないでくださる?」と歯茎を剥き出しにして、しつけの足らない類人猿のように飛び掛かってくる。
 こういう人々は、同情の大量生産と大量消費だけが生き甲斐なのだ。
 自分の『良い子ちゃん像』を壊さないように、当たり障りない部分だけを表に出して、「そんなことないよ。君は素晴らしい」という褒め言葉を他人から引き出そうとしている。
 ルサンチマン新記録、自己愛過剰の金メダリストです、おめでとうございます。
(ここで拍手。幕引き。強制ハッピーエンド)

f:id:buzama-www_pipipipipi:20160829080358p:plain

快・不快でしか物事を判断出来ない真面目系クズ

 これからの社会を生きる上で大事なのは、読解力だけでなく、どんな内容の物事からも新しい閃きを得ようとする探究心である。
 精神世界に多数の眼球を用意し、あらゆる方向から対象を観察し、その上で自分に役立つものを吸収、変換、そして取得するという狡猾力が肝要だ。
 不快なものを見て、苛立ちを表明するだけで終わるのは、進歩進化のない思考的に堕落した反知性主義者の生き方である。
 つまり学習を捨てているということで、これでは今日も明日も同じ、エンドレスループの中で汗水垂らしてイライラしながら走り続けるコマネズミだ。
 こういうバカは、排泄物の代わりにどんどん罵詈雑言を垂れ流す。

意見なき暴言を用いることで、同調者を集める真面目系クズ

 他人の記事を読んだ際に、嫌な気持ちになるのは感情的な人間だから致し方ないが、「あなたはクズですね」といった類いのことを、はてブやツイートで息を吸うように吐いてしまうことに、一体なんの意味があるのだろうか?
 建設的でも生産的でもない、バカ丸出し、裸のカス、としか呼べない活動であるし、どういう魂胆で書いているのか?
 もしかすると企みなども一切ない、ふざけた小猿にも似た、感情だけの行為なのかもしれない。
 なんの利益もない、なんの幸せも呼び込まない、短絡的な犯行。
 そういうことを平然と行う人々は、「この人はアホ」という情報と記事を合わせてシェアすることによって、仲間たちを同調させる。
 汚い手段を使って、仲良しマジョリティワイワイ組合を作ろうとしているのだ。
 バカは、意見を口にしてサシで戦うことを拒否する。

全ての時間を無駄にしてしまう真面目系クズ

 教養ある者(又はそうありたい者)であれば、極端でろくでもない意見を前にした場合でも、どこがどう誤っていてどのように改善すべきかを、自分の主張と戦わせながらアウフヘーベンし、より役立つであろう答えを導く態度を取るものだ。
 一方バカは、快か不快のみで大雑把に物事を評価することしか出来ない、止揚なき人生を生きているために、まったく意味を成さない批判をして終わる。
 バカというのは尊敬するほどに、バカを極めし者であり、バカというその一点だけに着目すると、その馬鹿げた忍耐力には驚嘆せざるを得ない。

怒鳴り散らして自滅する真面目系クズ

「この人嫌い」「このブログキモい」「こいつウザイ」といった感情だけを書き込み、議論せずに守りに入る生き方をしている人は、その後なんらかの問題を起こして爆発し、灰となって風に乗って世界中を旅している者が多い。
 なぜなら、自分の感情だけで良い悪いを決めつける人生を送っているから、反対意見が出て来るたびに怒りが頂点に達することで、活性酸素が発生するなどして心身を痛め、日に日に不幸せになってゆくからだ。
 常識的な良い悪いでなしに、思考を放棄して快か不快のみにて判断するその態度は、差別感情にも近く、許容力のなさの現れであるから、多様性が強まってきたこの人間社会には適合せず、そういうバカは自然的に淘汰されてしまう
 一個人に、執拗に暴言を吐くバカを観察してみると、嫌になるほど痛感する。
 感情的な攻撃だけをしてくる人をリスト化しておいて、定期的に言動観察を行うと、高確率で自滅する瞬間に立ち会える。
 つまりバカというのは、下手くそなスタントマンなのだ。
(ブンブンブンブンっ! キキィィィィ~~~! ドカァーーーーンっ。痛いよぉぉ。ピーポーピーポー)

 

超・反知性主義入門

超・反知性主義入門

 

『他人の恥辱は、群衆にとって、最もポピュラーなスポーツ』『インターネットを通じて大勢の人間がひとつの現象を見ている時、そこには、「群衆」という架空の人格が誕生する』など腑に落ちる文章が出てきて、人間の愚かさについて考えさせられる本だ。人はどこまでも感情的だから、どこまでも良い奴になることもあれば、どこまでも厭な奴になることもある、善悪両面の生き物であることを再認識させられたし、そうした己の醜さを隠している人ほど見るも無惨に劣化してモンスター化し、害悪を正義の言葉で塗りたくって完成した武器を用いて、ネットで人々に罵詈雑言を投げつけるような真面目系クズになるものであると思えた)