ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

炎上記事は才能がなければ書けない 炎上ブロガーはお笑い芸人のそれと似たセンスが必須

炎上させるのも稼ぐのも簡単という誤謬について

 もしもブログ界が、楽々お小遣い稼ぎの世界だとするならば、反社会的勢力が火炎瓶を持ってはてなブログに集結するんじゃないのか?
 全国の構成員は46900人、暴走族は6771人ほどいるらしく、ここにその他のグレられた方々を加えると、日本に存在する極道に類する者たちの数は10万人は下らない。
 暴対法などの効果によって、露骨な取り立ても出来なくなっている昨今、彼らが夜の世界でアルバイトをしているなんて当たり前の光景になっている。
 時給1000円程度のチンピラがこれだけいる訳で、仮に炎上ブロガーになって誰でも火を付けて稼げる社会なのだとすれば、彼らが大量参入して来るはずだ。
 でもそうした物騒な流れが、今のところ確認出来ないということは、それだけ炎上業界というのは努力と才能がものをいう、ライティングサバイバルゲームの世界であることが証明されたも同然なのである。
 炎上総長、炎上舎弟、炎上組長だって現れても良いはずなのに、一向に参上しないのは、やはり割に合わないという懸命な判断をされたからだと思われる。
 このようにプロのアウトサイダーでも、大勢の人間を一息に憤怒させるっていうのは簡単にはなし得ないことなのだ。
 つまり炎上ブロガーというのは、ただ逆張りをすれば良いとか、ただ暴言を吐けば良いとか、ただ常識に背けば良いとか、そういう甘ったれた脳天気な職業じゃないんだよね。

フリーランスの炎上ブロガーは休んでいる余裕がない

 大手のプロダクションに所属していないため、フリーで燃やしをこなさなくてはならないから、炎上記事を書くための取材や資料の購入、それからインタビュー、問い合わせの電話、編集作業、確定申告などをたった一人で行う必要がある。
 年間休日は皆無だし、朝から晩まで人々を震え上がらせる記事を書くために頭を働かせているから休憩時間も存在しない。
 ベンチャー精神というか、ビジョナリー・カンパニーを創設して火を分かち合う仲間たちを集め、炎上という社会貢献をしたいという高貴な野望がなければ、燃えるものも燃えないよ。
 ビジョンなきポッポはピジョンに進化しないという名言もあるように、情熱がなければイノベーションを起こして、世間を感動の渦に巻き込むことなんて不可能であるし、それくらいの気概がないのであれば、炎上ブロガーという芸能活動でスポットライトを浴びようなんて夢物語を描くのは辞めて、一般的な会社に就職するべきだ。
 そういうやる気が乏しくて道徳心のない利己的な人々って、自分のレンズを通してしか世界を見ていないから、文章が画一的で磁力を有していないんだよね。
 彼らの行動は、ことごとく僕の神経に障るし、舐めた態度で同じ土俵に乗られると、血管が弾け飛びそうになるほど怒りが頂点に達する。
 僕は命を担保にして記事を書いているから、生半可な人々を一目見るだけで精神世界が汚染されてゆき、自分が壊れてゆくギコギコという音で鼓膜まで張り裂けそうである。
 真剣に誠実に着火している僕に、彼らは水を差してくる訳だが、これって事の善悪を良く分かっていないとしても極めて悪質な行為だし、少なかれ僕の利益が損なわれることを予想出来たであろうから未必の故意という奴に該当する。
 人の心を弄んで平気な顔をしている人間って、最低だと思う。

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「炎上記事ばかり書いて楽しいの?」という浅はかな問い

 その質問は、一流ピン芸人のバカリズムに、「女をバカにするネタや、リア充と非リア充を同時に貶すネタやってて楽しい? そんな露悪趣味で爆笑をかっさらって年収数千万円貰って楽しいかい?」と聞いているようなもので、それって「職業に貴賎あり!」と考えて人を差別している者の発言なんだよね。
 漫才師だって、心底楽しんで現実離れしたおふざけを追求しているからこそ、次第に人に認められるようになって、茶の間の人気者になれた訳だ。
 だから炎上ブロガーだって、これから着実に実績を積んで行けば、よしもとクリエイティブ・エージェンシーなどから、「所属しませんか?」という提案を貰えるかもしれないし、社会的な地位がアイドルなどと同じ位置まで上げられるかもしれない。
 ちょうど今は、過渡期なんだと思うし、ここが正念場だと思って僕は寝る間も惜しんで記事を書くようにしている。
 炎上界の島田紳助になって、それを皮切りに不動産王にもなって、ドナルド・トランプみたいになりたいという夢がある。
 僕の尊敬する綾部祐二が、日本を飛び立ってハリウッドスターになることを目標に、来年NYに進出するみたいだが、そんな感じで僕も大規模なドリームをキャッチしたい。

炎上すればするほど健康になる

 これはジョークの意味合いは一切なくて、燃やしを実行して、世間から大量の反応を貰えると承認欲求が満たされ、笑顔にもなり、そのお陰でストレスが解消されて幸福感に浸れるがために、心身の健康が増進しやすいということだ。
 そもそも炎上させる目的で記事を投稿するのは、芸人がオーディションライブに参加して合格を志すようなものであり、一回一回が勝負だから、当たった時の喜びってひとしおなんだよね。
 慶應義塾大学の受験に一発で合格したときのような、体内で神々しい息吹が上昇してくるごとき、あの独特の高揚感、達成感、自己陶酔感みたいなものに似た歓喜が沸き起こる。
 もちろん僕はFラン大学にAO入試で入った経験しかない訳だけれど、きっとその感じに近いなという想像をありありと出来るよ。 
 人間に必要なのは、運動瞑想野菜炎上であることは間違いない。

炎上する側が心から楽しんでいるからこそ、人は煽られ、記事は燃え広がる

 何事も本気で楽しまないと人を惹き付けることは出来ない。
 心から炎上させようという心意気、それがあってはじめて成立するのが炎上ブロガー。
 金やファンは後からついてくるもの。
 炎上界もライバルが増えてきたから、安物のライターでは天空を突き破る炎は出現しない。
「クリエイティビティに溢れた出火とはどんなものか?」と自分に言い聞かせ続けてPDCAを高速で回し、効果的に人々の心をくすぐる術を、完全マスターする必要がある。

若手が育っていない炎上業界

 いい案配に人をムシャクシャさせて、釣りだと認識させながらも怒りのコメントを書かずにはいられないという邪術めいた文章を狙って書けてこそ、一流の炎上ブロガーなのだが、最近の若手を観察していると怠惰というか、火のついた夢ばかり見て、肝心の努力が伴っていないなと感じる。
 火の鳥になったつもりかもしれないが、どう見たって赤トンボレベルなんだよ。虫けらが。
 燃やすという行為は、自己顕示をすることでも、横暴に振る舞うことでも、自画自賛することでもない。
 提供するネタで人をあっと驚かせ、感情を揺さぶることで脳裏に焼き付けるという、ある意味これは脳髄へのタトゥーを施す職人芸と言えるんだよね。
 ネットの伝統芸として、これからきちっとこの文化を守っていかなくちゃならない。
 ゆえに適当な想いで、燃えの感情を抱いている人を見ると虫酸が走るし、倫理観が欠如している人が増えたもんだなと震えが止まらなくなってしまう。

『悪いけど、もう愛と平和だけじゃ誰も救えねぇんだよ』

 このような詩を残したアーティストがいるのだが、やはり綺麗事や、ただ黙々と一般的常識に沿った説明文みたいな記事を上げたところで、本当に絶望している人々に希望を与えることなど叶わない。
 ぱっと見は常軌を逸しているんだけれど、実は愛情が込められた炎こそが、絶命したように悲惨な人々の心を蘇生する不死鳥の役割を果たしてくれるのではないか、と僕は思っている。
 だから僕は、使命感を持って燃やしを実践し続けたい。

炎上記事というのは文学作品と一緒で正解がない

 純文学のような炎上もあるし、ラノベのような炎上もある。
 時流を見て、どんな着火剤を投げるべきかを検討し、「みんなを本気で煽りたい」という理念を忘れずに行動し続ける。
 そして絶妙な、斜め上からのインパクトを提供してはじめて、記事は燃え、人々は荒ぶる。
 笑いの基本法則である、緊張と緩和について学んでおくことも必要だが、それよりなにより大事なのは熱意だ。情熱なきところに炎はない。
 どうすれば人を怒らせることが出来るか?
 チクセントミハイにクリエイティビティ、ショーペンハウアーにペシミズム、ロバート・B・チャルディーニに人間心理を学ぶことによって、彼我の感情を操作するテクニックを習得する必要がある。
 とどのつまり向上心のない奴は、燃えない。

炎上ブロガーに求められるのは、真実性ではなく喚起性

 たとえフィクショナルな記事であっても、それを元に読者が頭を自然と働かせて、新しい閃きを得られたなら、その記事は真実以上の価値を内包しているといえる。
 僕ら火付け役に求められているのは、一般人たちの心に良い意味でも悪い意味でも火を付けて、新たな思考力や忍耐力を与えたり、未だ到達したことのない高次元へ辿り着くために手助けをして上げることなのだ。
 こちらの綴った魂の文章に目を落とした読者が、少しでも心を震わせて、何かを感じて行動を起こしてくれたなら、僕らとしてはこれ以上ない喜びである。
 だから炎上記事は、どんな意味でも構わないから、面白いと思わせられたかが全てだ。
 日本は資本主義社会であると同時に、お笑い至上主義社会でもあり、言葉で説明出来ない技術を持った者が常に勝利する。

炎上とは何か?

 努力の証

雑記・ネガティブなブログ未来論

 これからAI技術が進化して、人間が不要になる分野が増えると技術的な失業者がぎょうさん出る。
 AIが自分の力で新たなAIを作ることで、爆発的に知能が発展するという考えもあり、そういうシンギュラリティ(技術的特異点)は2045年くらいに襲来する可能性があるらしい。
 そして、ごっつ辛いことに単純作業だけが機械に奪われるんじゃなくて、クリエイティビティ分野も無事では済まない。
 既にエミー(Emmy)という楽曲制作ソフトなどを使えば、アマチュアレベルの人間よりは遙かに上質な作品を生み出せるという話も聞いたことがあるし、これはつまりブロガーやライターが書くような文章なども、人間よりも正確で優れたものを書けるAIが誕生してしまう可能性が高いということだ。
 AIは雇用だけでなく芸術までもぶんどるつもりだ。
 ますます才能が必要な、しのぎ削り社会になってしまう。
 とりわけブログなんかもそうだけれど、既存の情報をちょっと変更して投稿するフライデー崩れみたいな記事を出すタイプの人は、もうすぐ邪魔なお荷物人材になるのではないかと思う。
 ただ分かりやすいだけのライターも不要になり、その人の個性が浮き出るようなオリジナリティが抜群に光っていないと、一切通用しなくなるんじゃないか。
 将来的には、名前が売れている芸能人的ライター以外はゴミ扱いになりそうな気がする。
 だってAIが瞬時に、個性はないけれど良質な文章を大量生産してくれれば、あとは編集者がささっと改変してそのまま投稿すれば良いだけになるから。
 だから僕が思うに、綺麗な文章が売りのライターになりたい人は、夢に破れて絶望する確率が高いんじゃないかと思う。
 きっとだけど、SPAとかああいうゴシップ的なゲスい記事を恥ずかしげもなく書けるようなライターの方が、長く通用するんじゃないかな。
 僕も親の会社で働く前に、ライターとして働いてみようかと思ったこともあるんだけれど、今からその業界に参戦したところでオリジナリティを伸ばして行けるような文章は書かせて貰えないから、長期的に有用なスキルを獲得出来ない上に、寿命の短い職業だろうなという懸念があって、やらなかった。
 しかも今は、企業に属して働きたくない人や、「個」を売りにしたくて仕方ない承認欲求の強い人だらけになっているから、ライター業って中間層以下が潰し合うバトルロワイヤル業界な気がするんだよね。
 まぁ十年後にもなれば、まったく別物の価値観が走っている社会になっているかもしれないし、もしかしたら既存の小説を数冊スキャナで読み込んだら、それらの文章傾向を機械が勝手に学習して、物語を紡いでくれるようになるかもしれない。
 0から1を創造するのは大変だが、その作業をAIにやって貰って、楽なスタート位置から走り出せるのが当たり前の社会になったりするのだろうか。
 そうなったらそうなったで、今まで0から1にする作業が嫌で創作に関わっていなかった人が、ごっそりコンテンツ作りに心酔する可能性がある訳だから、とてつもない争いが始まる気がする。
 もうそこまで来ると、文章だけでは通用しなくて、顔出しをして喋って、自分という人間を丸々アピールするような厚かましさ、過剰な営業力がなければ勝ち上がることは出来なくなるんじゃないかと思う。
 そして便利と幸せは別物であり、無駄な仕事を全てAIにやって貰って自由な時間を獲得出来る未来が訪れたとしても、今と変わらないくらいに人生に絶望する人は必ず存在するだろう。
 人間が労働しなくても良くなる社会で始まるのは、熾烈な自己顕示欲による争いだ。
 既にはてなブログでも起きているように、「個」を販売して、賞賛を硬貨代わりに差し出してもらうということが、今後ますます強まってゆく。
 であるから能力がないのに承認欲求が強い人は、今以上に不幸せになる社会が到来することが考えられる。
 だから、記事なんかを燃やしている暇があれば、自分の心を燃やして魅力的な人間になっておかなくてはならない。
 特技が遠吠えしかない負け犬にならないように頑張ろう。

 

人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 (文春新書)

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(読んだ。面白かった。『AI・ロボットは人間が獲得しているような身体知を自ら発見し獲得することはできません』と書いてあったが、身体知というのは身体感覚のことで、これを持っている人間であれば、誰かの鼻っ面を殴り付けて叩き割るというごく簡単な動作一つでも、手の痛み、怒りの感情、骨がひしゃげる音など種々雑多な情報が入ってくる訳だが、身体知を持たないロボットは単純に、手を伸ばした→対象を破壊完了といったような単純な行為をしているだけで、感覚的なディテールが存在しないんだよね。つまり人間の神経は、機械として再現が不可能なくらいに複雑なものであり、そういう存在だからこそただただ正確性の強い機械よりも、貴重で優れた存在なのだ。なのでそういった意味での繊細な事柄は、どれだけロボットが強靱な存在になったとしても、当分は人間を超えられないだろう。まぁ人間が勝利しているのはそこくらいなもんで、それすらも克服する術をAIが自ら生み出してしまう可能性もあるのかな。そのときは人間対ロボットで戦争をしよう!)