ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

ブロガーやアフィリエイターに、上から目線で説教する滑稽な人たちについて

趣味がプロブロガー批判な滑稽さん

 彼らの口癖は、「またネットで金稼ぎか! 金金金!」というものであり、こちらが収益報告などをすると、豚の群れのような圧力で、はてブタッチダウンを決めてくる。
 それから続けざまに、「駄文並べて小銭稼いで将来どうなる? アルゴリズムや広告に特大の変更が加われば一巻の終わりもありえるぞ」と、この世の終わりを象徴するごとき必死の形相で訴え始める訳なんだが、これぞ滑稽と言わずして何と言う。
 こうした講釈を、挨拶代わりに垂れ流す人が散見されるのだが、まず前提からしておかしくて、一体なぜ、ブログで金を稼いでいる人=その幸運が終われば廃人一直線、みたいな傾いた物の見方をしているのか。
 彼らは全知の存在みたいな口ぶりで語るんだけれど、現実を直視出来ていないし、どれもこれも軽薄な説教であり、偉そうに物申すことでカタルシスを得ているだけなんだよね。
 とりわけはてなブログの世界では、羊頭狗肉の妄言マーケットが急拡大していて、軽はずみな詭弁家がわんさかいる。
 まず、一般的な労働者を想像して欲しいのだが、大多数の人は会社を首になったり、稼ぎが少ないなと思ったら転職活動をする訳で、まさか銃殺されたかのように万事休すの人生終了! みたいな展開にはまずならない。
 これはプロブロガーも同様で、ブログで稼げなくなったら、ライター業に挑戦してみたり、いっそのこと足を洗って、太陽光発電の営業マンになったりするかもしれない訳だ。
 ということで心配ご無用だし、そんなことも分かっちゃいないナンセンスな人ですら生き延びられる緩い社会なんだから、仮に将来を舐め腐っているプロブロガー志望者がいたとしても、窮地に陥ることなく快適な日々を過ごせるのが日本という国だ。
 それでも負けじと彼らは、「浅い記事を書く時間が無駄。知性が感じられない」とくっちゃべるのだが、一日二十四時間ある中のたった一時間を、書くことに投資することが果たして無駄なことだろうか?
 数多くの心理学者が、「幸福感を生じさせたり、心を静める効果がある」と主張する、書くという行為に対し、どういう筋道を踏んだら時間の無駄という結論を出せるのか、是非教えて頂きたい。

利権を守るために叫び散らす滑稽さん

「○○ランキングばかり、また楽な金稼ぎか」と、他人のまとめ記事を批判する人は案外多い訳だけれど、たとえ制作主が金のことしか考えていないとしても、結果的に人の役に立ったなら善行なんだよね。
 読む側としては、時間的節約をして良作を探せるのなら、凄く有り難い。
 愚にもつかない記事もあるだろうけれど、検索上位争いが世の中で加速すれば、酷いものは淘汰され、質の高いものが勝ち上がるのだから、それは素晴らしいことではないか。
 僕は今現在までに、まとめ系の記事を書いたことがないから、完全な消費者目線として語らせて貰うことにするが、単刀直入に言って、クオリティの高い記事もなんどか見れば飽きるから上位を独占していると邪魔なゴミだなと感じてしまう。
 グーグルのアルゴリズムをもっと豪快に変化させて、一週間ごとに大きく順位変動させる方が、読み手側としては刺激的で良いんじゃないかと思っている。
 それにインターネットにおいては、たった一つの記事に価値があるんじゃなくて、複数を同時に速読のように読んではじめて意味を持つということも多い。
 どれもこれも飽きれば邪魔だから、絶対的な良記事なんて存在しない。
 書き手の自己顕示欲だけが存在する。
 得手勝手にべき論を語っている人は、誠に滑稽。

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教祖様じみている古参はてなブロガー

 こうした古びた人々が事態を厄介にしてしまう。
 はてなブログという場所は、長く続けているだけしか取り柄のない人でも神格化されやすく、カルト集団みたいなファンが出来上がってしまうため、自分を客観視せずに正しいと思い込む裸の王様が少なかれ存在する。
 つまり赤点の人間が、他人の答案を採点していることが度々ある。
 認知度はあるけれど鋭い思考力はない、傲慢ゆえに堂々と言いきりの文章は書けているが、目新しさもない上に世間ズレしているため、水面下で他ブロガーの憎しみが蠢いているといった状況なんだよね。
 しかしながらカルト教祖様になっちゃっているから、読者たちは、身を屈めて手を合わせるように低姿勢で接する他なくなっている。
 ヨイショとヘイコラとゴマすりとおべっか、が怒濤のごとく展開中である。
 教師には逆らえない小学生みたいな構図。
あ、わたし、今、媚び、売って、ますぅ!?」とかなんとかモヤモヤしながら、はてブをつけた経験のある人は驚くほど多いのではないか。
 自分の正しさに固執して、偏見に塗れた愚かさに気づけないとはまさに滑稽。
 利口の皮を被った間抜けな張り子の虎。
 情報じゃなく木の実でも食いなよ。
 嫌になるほど滑稽な人がいる。もはや烏骨鶏なんだよね。
 妄言を首振りながらコケコッコーとぶちまけて、他人をつつきまくるニワトリの生き様。
 ニワトリたちは序列にうるさく、つつきまくることで自分を優位な位置にのし上げようとする、『つつきの順位』という概念を持っているのだが、奴ら説教師こと烏骨鶏の行いはまさにこれなんだよね。
 烏骨鶏の分際で、人間様に逆らってんじゃねぇぞ。

 こういうことを書くと、「お前も人のこと言えねぇだろ?」と突っ掛かってくる人がいるだろうから、僕のポリシーを最後に張っておきます。

 俺様がルールブックだ。

 

悪癖の科学--その隠れた効用をめぐる実験

悪癖の科学--その隠れた効用をめぐる実験

 

(中々面白い本だった。『悪態をつく人間は頭が悪くて、言葉を知らないだけかと思いきや、そうではないことをこの研究は教えてくれる』と、心理学者チームの研究のことと一緒に書かれているのだが、最後まで読んで、社会階層の下の人たちは、知性がない口の悪い者が多く、中流層の人は社会的評価を気にしてビクビクするため丁寧な言葉を使っていて、上流層の人は自由に振る舞えるようになるから遠慮会釈なく、知的に語彙豊富に毒舌を吐き散らすのだ、ということが分かった。はてなブログには罵倒好きが多々いるから、「この人は上層かな? 下層かな?」と悪い笑みを浮かべながら考えるのも楽しいかも知れない)