ピピピピピの爽やかな日記帳

ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

バズ・炎上を起こせるうちが華 極限まで武器を乱用した者が勝利する

 僕は過去にオラオラ系の営業会社で働いていたのだが、そのときは上司に頼んで有利なリストを渡して貰い、他人には劣悪なリストを回すことで格差を生み、そして僕は上り詰めた。
 入社して間もなく、月給90万円くらいになった。

やり過ぎた者だけが王者になる

 凡人ってのは、勝つことに躊躇いを感じるから凡人なんだよね。
 社会におけるチャンスは有限だから、たらたらと綺麗事をぶちまけたり、憂鬱になっていたら、すぐさま誰かに出し抜かれる。
 どの世界でもそうだけれど、調子の良いときに、「やり過ぎたかな……」と考える人って成功しないし、凡人真っ逆さまの人生になってしまう。
 やはり大勢のマネーちゃんにプロポーズされる人というのは、『極端・極度・過剰』といった言葉が似合う生き方をしている。

勝つことには意味がなく、勝ち続けることに意味がある

 これはブログ界においてもそうで、あっちに行ったりこっちに行ったりと、突き抜ける気配のない者は淘汰されてゆく。
 とりわけ炎上記事を書きたがる若手ブロガーは、開始3ヶ月以内くらいに、「バズを狙うのは辞めます……もう人を煽りません……虚しいです……」と、寂しさに溢れた孤独のウサギみたいな発言を連発するようになるのだが、こういう消極的な生き様はなによりもマネーに嫌われる主因となる。
 なぜならそれは不誠実な嘘だから。
 炎上業から撤退しようとする人の真意は、「もうそろ着火させやすいネタもなくなるし、ヒットしなくなると恥ずかしいから、読者のことを考えているフリをしながら、路線変更しよう」というものである。
 このように前もって言い訳を並べ立てておくことによって、「私はあえて短期的なPVを狙っていないのです」という高尚ぶったセリフを放ちやすくなる。
 そして人間は、ホメオスタシス(恒常性)という、元の状態に戻ろうとする機能を持っているがために、莫大な幸福(高PV・高収益)を前にすると怖じ気づいてしまう。
 つまり生半可な気持ちで炎上界に足を踏み入れた者は、外面的には上手く事が運んでいるように見えても、実は猛烈に動揺していて、不幸のどん底にいるなんてことがある。
 良心の呵責を覚えてしまい、「自分はこんなことをしていて本当に良いのだろうか……」という後ろ向きの想いが、激烈に噴出する。
 これはきっと、人を生き埋めにした犯人が、夜な夜な悪夢に苛まれるのと酷似しているだろう。

勝者を目指す者は、罪悪感を除去せねばならない

 全ての人に好かれる必要はなく、ガタガタとうるさい人は切り落として、「敵認定」して戦えば良いだけである。
 そうなるといくらかのファンがついて来てくれて、相手を「共同敵」と見なすようになるから、友情、絆が生まれやすい。
 使えるものは全て乱用し、自己利益に変換する鬼の心意気。
 そういう意識がない者は、二次元でも三次元でも退屈な人間として人生を終える。
 読者というパイを奪い合うブログ界では、数多くバズや炎上を起こして、良い舞台を占領し、いの一番に自分がスポットライトを浴びた方が良いに決まっている。
 ときたま、他人のブログ運営にいちゃもんを付ける薄バカが現れるが、それは利権を守ろうとしているだけだ。
俺の住んでいるWeb界隈を穢すような真似するな。お前らが荒らして稼ぎにくくなったらどうしてくれる!?」などと叫び続けることを辞められない、かわいそうな人たちなのである。
 彼らは、『誠実に稼いでます』というムードを作るプロである。
 テクニックでマネーを得ている拝金主義者だから、放置したままにしておくと、検索上位や読者を根こそぎ奪われてしまう。
 であるから彼らを定期的にムシャクシャさせることで、心をじわじわと消耗させ、生産性を下げるというサイバー攻撃を仕掛ける必要がある。
 その他にも、妬み嫉みで食って掛かってくる出来損ないもいるが、彼らは罵詈雑言を吐き散らす際に発生する悪感情によって、勝手に疲弊して倒れてゆくからスルーしても構わない。
 そうした愚かな人々が、自滅する様は最高のエンターテイメントだ。

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チャンスがあるなら、派手にドンパチやるべき

 はてなブックマークによって人を集められるなら豪快に利用した方が良い。
 将来的にその効果が薄れたら、そこからまた新たなことを考える。
 今この瞬間に全力を尽くせないならば、何事も成し遂げられない。
 敗者とは躊躇する人間を言う
 勝者とは極端な人間を言う
 王者の使命は、邪魔な奴を吹き飛ばして勝ち上がることだ。

雑記・「炎上はもう狙いません」というネタが枯渇した人の常套句について

 ダウンタウンの松本人志が、「ネタがなくなってから勝負は始まる」と主張していたように、常に煽り続けられる能力がなければ、そいつはテロリストブロガーみたいなもので、ただの一発屋だ。
「PVに執着するのは辞めます」「バズはもう良いです」という嘘八百。
 ブログを開設して早々、人を煽って炎上させるタイプのブロガーは、行き着く先が似ている。
 ネタの枯渇である。
「もう炎上業から足を洗います。人を煽って獲得するはてブで、つかの間の幸せを得るのは意味がないんです」
 このように彼らは、お定まりの主張をすることによって、己の心を守ろうとする。
 これは典型的なペテンであり、以前のように炎上で稼ぐ自信を喪失しているから、あらかじめ言い訳をしておくことによって、人気が衰えたときのダメージを減らそうとしているのだ。
 薄々みんな気づいているだろうけれど、おらおらと人を煽り立ててきた人間が、打って変わってジェントルマンになるはずがない。
 そもそも炎上ブロガーみたいなもんは、狡猾な火事場泥棒みたいなもんで、虎視眈々と利益を掠め取ろうとする性根の腐った落ち武者がなるものだ。
 彼らの放つ言葉には、必ず裏がある。
 そもそもなぜ人は炎上ブロガーになるかと言えば、文章力も表現力も忍耐力も学力もない出来損ないだからというパターンが非常に多い。
 破れかぶれに記事を投稿したらビギナーズラックが起きてバズり、快感中枢を刺激されたことによって、人を煽ることが病みつきになってしまったという流れだ。
 こんな悪徳の中毒者が、ある日突然、誠実で落ち着いた聖人君子になるだろうか?

 はてな村に来たばかりで勘違いしている人がいるけれど、数百件のはてなブックマークを付けて貰えたからといって、書き手そのものが注目されている訳ではないんだよね。
 それは錯覚でしかなくて、ブロガーに注目が集まっているというより、注目されているという状況に対して注目が集まっているだけであり、所詮ブロガーなんてのは踏み台にされているだけなのである。

 ブロガーの記事なんて、はてなブックマーカーからすれば、気軽な単発チャットルームみたいなもので、お気楽な遊び場だ。記事の内容なんてもはやどうでも良いことすらある。単なる寄り合い所なのだ。

 にも関わらず、自分がチヤホヤされていると勘違いしてしまう新人が後を絶たない。

 しかもそういう人に限って炎上ブロガーだったりするから、炎上記事を書かなくなったら、驚くほど誰にも相手にされなくなってしまう。

 はてな村は、残酷だからね。

不道徳教育講座 (角川文庫)

不道徳教育講座 (角川文庫)

 

『九十九パーセント道徳的、一パーセント不道徳的、これがもっとも危険な爆発的状態なのであります』とあるように、善人気取りのクソ野郎はいつか反動形成によって、ラジカルな人間になる危険性がある。欲望に素直になれず、綺麗な言葉で着飾っている者は、よっぽど精神が強靱でない限り、胸の内に憎しみを飼い、我慢という餌を与え続けることで、芯から蝕まれてゆく。この世界に良い悪いなんてない。人それぞれの価値観があるだけだ)