ピピピピピの爽やかな日記帳

ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

100万円以上の借金を返済出来なくなった話 クレジットカード・消費者金融という自己破産へ誘導する罠について

借金は、人格を破壊し、幸福を除去し、夢や希望を台無しにする

 これは僕がまだ青二才だったころの実話である。
 今になって振り返ると、極限まで病んでいたとしか思えない。

 現金が底を尽きるとすぐに、『クレカ 現金化』『即日融資 無職』『借金 逃げ切る方法』などについての情報サイトを隅々まで調べ、更なる借金の発展に務めた。

 結論を先に書くと、親が肩代わりしてくれて事なきを得た。
 親の資金力――いわゆる幸運という実力が僕に備わっていたから良かったものの、運命の歯車が誤った動きをしていたら、自己破産や国家反逆的な異常行動を取ってしまったかもしれない。

具体的な借金総額は僕自身、未だに分からない

 なぜなれば借金が50万円を超えたくらいから、執拗な督促の電話を無視し、請求書が届くたびに焼き払い、マイナスの数字に背を向けて暮らしていたからだ。
 僕が主に借り入れていた先は、有名な消費者金融5社ほど、クレジットカード8枚くらい、親友などである。

 家賃の不払いを知らせる大家から届く冷酷な手紙
 督促コールセンターからのくどくどしい着信
 借金を借金で返済するという自転車操業

 僕の心は次第に蝕まれてゆき、全能感と絶望感が代わる代わる脳髄に寄生し、自分をコントロール出来なくなっていた。
 躁状態で発動する買い物依存症、鬱状態で発揮する自己憐憫。

 借金総額は200万円には届かないくらいだったと思われる。

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社会不適合者にも、面談一つなく大金を押し付ける消費者金融

 人を追い込む不幸の毒リンゴを配る、紛れもない虚業。
 最短審査、来店不要、ネットで簡単お申し込み
 こうした甘い匂いを社会不適合者に触れ込み、お腹を空かせたカモとする。
 カルト教祖のマインドコントロールと大差ない。

 僕は計画的に一元管理をすることもなく、現金もカードも床に放ったままにしていたから、どこでいくら借りたのか、各カードの上限はいくらなのか、そうした基礎の基礎も分からなくなっていた。

「返済しろと言われましても、御社が面談もなしに、僕へお金を横流ししたのが諸悪の根源なのではないですか? 少々あなたたちは、身勝手だと思います。お金は渡せませんが、僕の返済したいというお気持ちだけ受け取って下さい。もう二度とお掛けにならないで下さいね。人の迷惑を考えましょう」

 このような責任転嫁を平気でしていた。
 ミュンヒハウゼン症候群(虚偽性障害)というか、絶大な悲劇から楽に抜け出すためなら、僕の行動は全て正当化されると、愚にもつかない覚悟があった。

 さりとて罪悪感がない訳でもないから、唐突に心が沈み込んで、土砂降りの日にすっ転んで水溜まりで身を汚してしまったこともある。
 あれは今思えば、無意識の軽度なリスカだった。
 負債残高を莫大にしてしまう不甲斐ない自分の肉体を、僕の良心が傷つけようとしたのだ。

 仮にそう決め込むのならば、本来の僕は善良な国民であるといえるし、そのようなまともな人間に借金を背負わせ、返済を前提とした金を湯水のようにばらまく消費者金融の姿勢は、悪徳に満ちたものと断言出来るのではないか。

 本当にお金に困ったのなら行政や自立支援施設に頼るべきであり、消費者金融に身を預けるのは、悲劇の始まりだ。

 金融屋というのはある意味、弱者を手の平で弄んで笑う拷問機関である。

多額の借金をしてしまった理由

 シンプルにいえば、社会不適合者だったからだ。

 とある時期に、負債の源泉を一気に作り出した。
 借金生活に突入するまでは、遊び感覚ながらコールセンターで働いていて、月収20万円ほどあった。
 それと毎月、親からの潤沢な仕送りが入金されていたから、そこそこ満足していた。

 しかし、そんな生活は何の前触れもなしに叩き壊された。
 父親が在籍する会社で問題が発生し、僕への送金が不可能になったのだ。
 その事実を電話口で告げられた瞬間、「今日で世界は滅亡か」と誇張抜きに、脳天から床に崩れ落ちて動けなくなった。
 後頭部にたんこぶが完成した。膨らむ鈍痛の中で人生が詰んだ。突然に。

 これまでずっと、父さんと母さんが用意してくれた福沢諭吉の海を、すいすいと優雅に全速前進していたのに、いきなしの難航、難破、沈没……。
 そのまま貧困島へと流されてしまったのだ。

 当時の僕は、一つのことを継続不可能、対人関係に難あり、彼女いない歴=年齢という幾重にも重なった苦しみに喘ぐ社会不適合者だった。
 そのような人間崩れが、仕送りが急停止するという大嵐のようなショックに耐えられるはずもない。
 お盆の海に生息する霊に足を引っ張られるように、絶望の底へ連れて行かれた。

 それから僕は会社を連日休んでは、日がな一日、借金の申し込み、クレジットカードの発行作業に打ち込んだ。
 会社を退職していなかったのに加えて、父親がつい最近まで高収入だったのもあって、審査の滞りはただの一度もなく、待ってましたとばかりに借金への扉が数十、開け放たれた。

 一つの消費者金融から20万円くらいまでなら難なく借りられるし、それが5社になれば、意図も簡単に100万円を手に入れられることになる。
 昭和の豪傑な有名人になった気分で生きていた。

 そうした流れで、あれよあれよという間に、莫大な借金を抱えることになった。

罪悪感・良心を故意に破壊して、借金から逃亡する決心をした

 借金が手に負えなくなるのに伴って、「無謀に金を借りる者は、精神に異常があるのではないか……? このよからぬ息苦しさは、脳ないし心の問題だ。そう考えるに、僕の債務不履行は罪じゃない」と幼児退行したかのように、言い訳がとことん口をついて出た。

 返す必要がない。返さなくて良い。返してはならない。

 罪悪感を除去し、自発的に社会病質者(ソシオパス)になることを夢見て、公衆便所の鏡の前で自己暗示をし続けた。

「僕は社会の被害者だ。消費者金融は、金を貸してくれているのではなく、僕に慰謝料を支払っているのだ。借金ってなぁに? 返済ってなぁに? リボルビングってなぁに? 僕とは無関係。僕に借金なんて最初からない。そんな記憶は存在しない。僕は無実、無罪だ。僕は悪くない、悪くない、悪くない――」

 このように無秩序な意志決定を連続して、誠意を破壊し、新人格を狂い咲かせようと死に物狂いになっていた。
 金を貸してくれた各企業に、『ノーマネーでフィニッシュです』という手紙を送りつけてやろうとすら思った。

借金が増えるごとに、夜遊びの快感度が飛躍的に増えた

「苦役列車」で芥川賞を受賞した西村賢太が、『数千万円の金が入ってからは、そういうお店にはそんなに通っていない。いつでも行けるとなると、欲望が静まる』といったような発言をテレビでしていたのだが、まさにそう。
 とどのつまり逆説的に、貧乏であればあるほど、刹那的な快楽を渇望してしまうのだ。

 僕は夜のお店に、たった一日で12万円くらい流したことがあった。
 全身に電流が流れて、ぷちっと脳回線が一瞬だけ裂け切れるような、極度の気持ち良さがあった。
 神経衰弱なのか、はたまた神経過敏なのか分からないが、いずれにしても格別な快の感情に支配されていたのは間違いなく、それは自己認識を失わせるほど強力なものだった。
 不健康で大掛かりな快楽が、僕の脳髄をクラッキングしたのだ。

 後ろめたさが美味しかった。背徳感がご馳走だった。
 借金で遊び狂うという裏社会的な情緒が生じさせる悦楽至極によって、「ダメだ……ダメだ……」と己を罰しながら、大金を投入することを辞められなかった。
 アドレナリンだとかテストステロンだとかが一生分、放出されたのではないかというくらいに、ハイな気分であった。
 あらゆる景色が波打っていて、幽体離脱したかのように自分が空中浮遊している感覚で生きていた。
 かっぴらいた目を汚い床に走らせながら、多幸感を伴う笑いが止まらなくなった。
 心臓の鼓動が早まって息苦しくなり、獣のように口呼吸しつつ次の愚かさに繋がる欲望を膨らませる。

 これは飛び切りふざけた書き方をしている訳じゃなくて、自己破産寸前レベルまで辿り着いた絶望的な人たちであれば、いくらかの共感をしてくれるはずだ。

 手足が震える禁断症状が起きて、朝から晩まで貧乏揺すりをし、その辺の壁をカカカカカカカっと高速で叩きながら、「金、金、金、金……」とリズミカルに呟いていた。

 これぞ開き直り。
 自己を破壊して運命に全てを託すという、究極の責任転嫁がそこにあった。
 本能が理性を飛び越え、動物化する瞬間に立ち会えた。

 借金辞めますか? 人間辞めますか?

雑記・最近読んだ本
日本の若者はなぜ希望を持てないのか: 日本と主要6ヵ国の国際比較

日本の若者はなぜ希望を持てないのか: 日本と主要6ヵ国の国際比較

 

日本人は裕福でも貧しくても、そのことがあまり世間で目立たないようにしたがる傾向がある。
仲が良い友人が「いない」若者の中で希望があると答えた者は25%

 などと書かれてあるのだが、借金をしたりして普通の人間の位置から転落してしまうと、劣等感が巨大化するため、それを自分だけの秘密にしようとする。

 その結果、自ら社会性を排除して、内にこもるようになる。
 己の恥をオープンにしてたまるかと考え、次第に人付き合いもなくなり、果ては親友と会うことすら重いイベントに思えてくる。

 最初は自分の意志で社会との関わりを断ったのに、いつの日かそれは、疎外感へと変貌を遂げる。
 社会と自分との間に巨大な隔たりが生まれるようになり、自分には頼れる者など一人もいない、友達もいない、未来もない、と内向的に考えるようになってしまう。
 ダメな自分を見せつけられないという国民性によって、終わらない孤独がスタートし、仲間と幸福の存在しない生き方を半ば強制される。
 これが希望を失ってゆくプロセスなのだと、僕自身が借金問題で落ちぶれたことによって深く分かった。

 僕の場合は、親が起業して軌道に乗ったことにより、借金がマジカルなレベルで消失したから、社会的再浮上を劇的に果たせたけれど、そうした幸運という実力を僕が有していなければ、何をやらかしたか分からない。

 希望を喪失した人類は、人的核兵器になりえると思ってしまった。
 人は後天的にいくらでも狂ってしまう生物なのだ。

 希望の対極は絶望じゃない。
 破滅。