ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

「女が男に奢らせるのは当たり前」の理由 美しさや若さは有限ゆえに、市場原理で高値がつくから

 財布を開く気がない子は、性格が悪いと断じられがちだけれど、実際のところは天使なんだよね。
 なぜなら、出来損ないの非モテにチャンスを与えてくれるからだ。

 女からすれば、タイプじゃない男なんてのは、腐敗した材木以下である。

男に奢らせる素人の女がいなければ、こじらせた非モテはプロとしか遊んで貰えなくなる

 Cランクのレンタル彼女でも、一時間3000円以上、別途、交通費が5000円くらい掛かる。
 俗受けする集金マシンみたいな女と遊ぶだけでも、多額の投資が必要だ。
 たとえば映画を視聴して、ご飯を食べるデートで五時間費やすのだとすれば、最低でもレンタル料金2万円+諸経費=3万円近く掛かってしまう。

 これでは単なるメイクマネーレディに、福沢諭吉を斡旋する業者になったみたいで、恋愛気分など到底味わえやしないだろう。

「はぁ~~い、今日はここまででぇ~~す。ありがとう。またね」とウィンクされながら、札束を抜かれる客。
 黄昏れに降り注ぐ寂寞感によって、孤独への恐れが病的なまでに膨らみ、「金さえあれば、金されあれば、あの子にまた会える……」という衝動が発生し、借金してでも貢ごうとするようになる。

 僕ら男はやはり、夢や希望に満ちたブルーシャングリラに突入したいのであって、決して、金銀財宝で構成されたプロ彼女と、じゃらじゃら金の落ちる音をさせながらイチャコラしたいんじゃない。

 プロ彼女なんて、勝てないパチンコ台と一緒だ。
 あわよくばの夢想をさせられ、意識が戻ると、財布がすっからかんになっている。
 一生懸命に用意した大枚をはたいて、悲惨な現実に直面するというマゾヒストリー。
 洗脳された豚になりきり、痛みに笑える強靱なメンタリティーの持ち主でなければ、プロと遊び続けると寿命が減ってゆく。

奢らせる女は、オーディションを開催してくれているのだ

 泥だらけのブタも1000匹集めたら、一匹くらいはイベリコ豚だったりする。

 もっと言うなれば女が男を選ぶ過程は、はじめて昆虫を食べるのと似ている。
「うわぁ、きめぇ」と幼虫を持ち上げて、鼻をつまみながら口内に叩き込んで見ると、「……おいしいわ」と美味に気づくような。
 つまり奢らせる女のデートは昆虫採集じみていて、ひとまず片っ端から捕獲してみて、それからじっくり品定めするという案配だ。

「二人きりで遊ぶことに応じてくれたなら脈があるよ」という言説がたまさか飛び交うけれども、それは十代でしか通用しない淡い夢物語である。
 たかだか一回のデートを重大なことだと認識しているのは、浮き世離れブタ、だけであり、そんな都合良き思想の中のブタとして生きている限り、光は射し込まない。

「女様、貴重なオーディションの場を設けて頂いて、ありがとうございます」と崇拝するべきだ。

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男は女に奢っているのではなく、恋愛指導料を支払っている

 この辺まで読むと女というのは、冷酷にムチを振るう拝金主義者に思えるだろうが、実態は正反対だ。
 どうしてかと言えば、非モテの練習台になってくれるからである。

 仮に女が奢らせない代わりに、絶対的に付き合いたい男としかデートしない社会になってしまったならば、先天的に恋愛センスのあるスマートなイケメンしか、デートが許されなくなってしまう。
 今なんて目じゃないほどに、残酷な格差が生まれる。

 であるから神の導きが働いているのかは分からないが、女は奢らせるということを名目に、物足りないシケメンとも遊ぶ選択を取ってくれるからこそ、僕ら男は育てて貰えるのだ。

 我々男は、女に搾取されているのではなく、奢るという題目を唱えながら指導料を支払っているのだ。
 マンツーマントレーニングをして頂いていると考えれば、たとえ初回から1万円を奪われたとしても、「安い買い物をさせて貰えた、ありがとう。またリピートするね」と笑顔の花を咲かせられる。

女は生まれつき大物女優であるから、プロの演技に金を出してしかるべし

 堂に入った恥じらいを見せつけてくれる。

 彼女たちが培ってきた演技力への対価として、ご飯や映画を奢ってあげるべきだ。

 女っていうのは基本的にクリエイターなんだよ。
 化粧もしかり、嘘泣きもしかり。

 疑う余地もない歩く創作物であり、これはディスリスペクト的な意味ではなくて、実際問題として、そういう女は男を喜ばせ、幸福へと誘う。
 ジョークでなしに、心から有り難いことをしてくれている。

 才能を持った子だと、リラックスした状態で緊張している演技をすることさえある。
 体の震えや赤面すらも操れる能力者が存在する。
 これはもはや、女業と呼ぶべきではないか。

女は、若さや可愛さという有限なものを提供している

 若くて可愛い女であれば、たとえ数発ビンタをカマしてきたり、タクシー代を掠め取ってきたりしても、帰り際まで若くて可愛いのであれば、100点である。
 生きているだけで社会貢献が出来ている。

 対照的に男は、男らしさを求められてしまうがために、女の考えている理想像から乖離した行動を取ってしまえば、一発でマイナス1万点を叩き出してしまいかねない。

 要するに、女が貴重な時間を投資してデートに来たのに、男は何一つ提供出来ず、そればかりか退屈という不快な気分にまでさせてしまうことがあるってことだ。
 だから少額でも奢って貰わないことには、割に合わない。
 厳密にいえば、慰謝料を請求したいところなのに、奢って貰うだけで許してあげるという優しさを見せてくれるのが、女なのだ。

 とりわけ若さと可愛さには消費期限があるのだから、美しいという状況に高値がつくのは、当然の市場原理である。

雑記1・女の「襲われたい願望」についての解説

 難しく儚い話しになるが、女は姿形ではなく、物語(関係性)に恋をしようとするからこそ、ブサイクとのデートにも応じる訳だが、抽象的な願望が強烈ゆえに、ちょっとしたことで、「この人、生理的に受け付けない……」という拒否反応が起きてしまう。

 女のお陰でデートして貰えて、女のせいでフラれるのが男なのだ

 酸いも甘いもぶち込まれ、ほろ苦い絶望に涙する。

 であるから女を口説き落とすには、一種の超常的な力が必要であり、それは具体的にどんなことかといえば、本能的に女が何を求めているかを嗅ぎ分ける、直感という名の瞬間の魔法のことである。
 知識ではなく、咄嗟に知性を発揮する瞬発力が必要なのだ。
 想像と行動を火花が散るような速度で、行わなくてはならない。

 これが出来ないならば、人並み以上に経済力があるなど武器を見つけないと、マンガチックに怒濤の如く100人にフラれ続けたりする。

 女の抽象的な願望は、モテない男からすれば悪夢なのだ。

「襲われたい願望」というのも、こうした抽象的な思考の最たるものである。

 これを分解して考えると、彼女たちの理想を忠実に具現化してくれる王子様と、夢想的な時間を過ごしたいということであり、言葉そのままに「襲われたい」ではなく、非日常へ不快感なく運び込んで貰いたいということである。
 快感も同時に感じる不快感というか、安心感のある襲撃を仕掛けられたいというか、明確な決め付けのように断言してしまうならば、理想の王子様に屈服したい、心身の全てを委ねたい気持ちの表れだ。

 雰囲気イケメンという存在がモテるのもそれゆえであり、男の場合は女を物理的に楽しみたいものだが、女はオーラに包み込まれるような遊び方をしたいと思っている。

 とどのつまり、物語(関係性)が女の都合に合わせてレベルアップして行くことがなによりも大切であり、それを実現させるには、男側に十分な知性や経験、自信から来る男らしさが絶対的に必要なのだ。
 そのため、稼げるようになったりして自己肯定感が凄まじくなった男は、歪んだ奇天烈な顔をしていても、運命が逆転したかのようにモテ始めたりする。
 ブロッコリーに似たカビみたいなバンドマンが、キャーキャーと黄色い声援を受けるのも、ライブハウスにて非現実という物語を、真っ先に女の脳内に注ぎ込んでしまうからだ。

 男は色気に弱く、女は物語に弱い。
 男は具体的に楽しみたい、女は抽象的に楽しみたい。

雑記2・「誠実に生きていれば、素敵な女性と巡り会えるよ!」というババアの戯言について

 男の人生はそんなに甘くない。
 女の考えている素敵な女性とは付き合えても、男の考えている素敵な女性と付き合うのは難しい。

 仮にババアの発言が現実化したとしても、財産狙いの女や、専業主婦になるための材料を探している女にしかモテない。
 そもそも、女が口にする素敵な女性というのは。内面の優れた存在のことを指していることが多いけれど、男は九割九分、外見的な理想しか持ち合わせちゃいない。

 言ってしまえば男がモテたい発言をするとき、頭に描いているのは、若くて可愛い子だ。
 ゆえに、女の応援メッセージみたいなのは微塵も役に立たない。
 内面を見てくれる女にではなく、男としての部分を直感で好きになってくれる、若くて可愛い女にモテたいというのが真意なのである。

 それだから、「頑張って生きていたらきっと良い女の子に出会えるよ! 女の子はある程度、年齢を重ねると中身を見るようになるから! ガンバっ!」というアドバイスを、悟り顔のババアにされると、「そうじゃねぇんだババア! 年齢を重ねてねぇ未熟な可愛い子にモテてぇんだよ! 成熟したババアとじゃなく、未熟な子と付き合って、二人で人生を切り開いていくような、これぞ青春の恋愛的なのがしてぇんだよ。スッ込んでろ! ババアとなら俺がジジイになっても付き合えんだろうが! 日本昔話かよ」と怒号を撒き散らしそうになってしまう。これが男の本性である。

雑記3・最近読んだ本

贈与論 (ちくま学芸文庫)

贈与論 (ちくま学芸文庫)

 

人、神への贈与は平和購入の目的をもつ

 こう書いてあったが、非モテの男が女をデートに誘うときもそうで、自分に自信がないと、奢ることで安心(平和)を買おうとするものだ。

 僕自身も女の子に対する抵抗がなかった時代は、なるべく高い店に連れて行こうとしていた。
 なぜならば、料理と空間で満足して貰えば、僕が女々しいミスを連発したとしても、許されると考えたからだ。

 つまり、金を出すことで安心(平和)を得ようとしたのである。

 ネット上には、奢らせる女を叩く音が響いているけれど、そんなものは感情の反転爆発というか、照れ隠しみたいなもの。
 大抵の男は過去に数え切れないくらい、奢ることによって楽して、安心(平和)を生じさせようとした黒歴史的な経験があるはずだ。

 僕もそうだけれど、偉そうに女を断罪している男も、それ以外の男も、女が考えているよりも、何十倍もモテない。

「女という生き物は、狡猾な演技をしている」とせせら笑う者がいるけれど、彼女たちはポジティブな劇を見せてくれている。
 反対に男は、コンプレックスを隠すために、ネガティブな想いから始まる演技をしている。

 僕が最近やっと分かったのは、「奢れよ」と自分から口にする女が叩かれやすいのは、先にそれを言われてしまうと、脆い安心(平和)しか手に入らなくなるからだ。
 端から奢ることがスタンダードになっていると、金を出すことの当たり前濃度が高いために、「この女はこれ以上のものを期待してくるんじゃないか……。緊張するな……」となってしまう。

 自主的に奢ることは、非モテにとって精神安定剤の役割を果たすということは間違いない。

雑記4・結婚する価値のある女について

 最後に小話を置いておくが、凄い可愛い癖に、無理矢理、割り勘に持ち込もうとしてくる女は、高確率で内面も良い子。僕の個人的統計上でいうと、看護師や歯科衛生士にこの手の子が多い。優しさというのは、余裕の産物であるから、可愛くてチヤホヤされている上に、自分で勉強して稼げるようになったことで、確たる自信も手に入れているという精神的に豊かな子は、大抵良い子。自己管理も出来るし、教養を深めてゆくし、心を綺麗にする行動が習慣化されているから、ババアになっても確実に可愛い。