ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

恋愛において「告白」は、非モテの最終手段 一種の迷惑行為になることすらありえる

 非モテの告白を、「生ゴミの叩き売り」と表現した女友達がいるのだけれど、やはり純愛だけではどうにもならない。

「非モテの自滅」「非モテの玉砕」「非モテの自傷」などに名称変更すべき

 恋愛のイロハを学習して来なかった人々が、一足飛びに女を捕獲しようとする際に使うのが、「告白」という投げ縄である。

 告白は、非モテの象徴的行為であり、自信のなさの表れなのだ。

 僕は以前ナンパ中毒患者だったから、あけっぴろげに本音を語り合える女友達(21~28歳)が複数人いる。
 そんな彼女たちに、「告白」についての所感を教えて貰ったため、下記にまとめておく。

告白に対する、女の偽らざる気持ち

・フるのも一仕事だから、よっぽど出来映えの良いメンズじゃないと困る。
 しかも非モテに限って、熱量たっぷりに自分語りを開始し、「あの時はこれこれこうで楽しかった。あんなこともあった、こんなこともあった。だから大好き」と出し抜けに夏休みの絵日記の発表会みたいなことをされて、断りにくくなるしうざい。
 そういう妄想の総集編を乱発されると、へどもどする。

 

・告白は失恋の伏線 秒速で回収される伏線 フラれること前提のお戯れ
 男が告白したくなった時点で、追いかける恋愛になっているから、ぐうイケメンとかFX成金とか、目を惹くモテ男要素がないなら、鬼引きしてしまう。
 非モテの告白文、遺書に似たり

 

・真剣に想いを口にされただけでは、「ピュアで素敵!」なんて甘い気持ちにはならない
 誠実さはこっちが見出すものだから、純粋速報みたいな一方向の押し売りは辞めて欲しい。

 

・告白はとどめを刺すようなもの
 既に、自分のことを好きになってくれている相手へのリップサービス
 女が男を誘惑している状態ならば、告白は喜ばれる善の行為になる。

 

・関係が深まっていないのに告白するのは、「絶望的にモテません」と宣言しているも一緒
 在庫を売り切るために不法侵入する悪徳営業マンみたいだし、もはや「精神的暴力」に感じることもある。
 日常的な生き様で口説けない非モテは、告白という飛び道具で、女を仕留めようとする。

 

・告白を断る練習が必要なくらいに、女は告白される
「逆恨みされるの怖いよね」「ストーカー化しそうじゃない?」「好きな人いる設定でフるのが王道?」といったガールズトークをして、男あしらいにまつわる情報共有をしているほど。
 かいつまんで言えば、迷惑行為に相当する告白が多々あるということ。

 このように女は、告白されて喜ぶよりも、しかめっ面を作った回数のほうが遙かに上回っている。

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大半の女は、告白され疲れしている

 告白する側の非モテは、一世一代の突撃くらいの特別感を持っている場合が多いけれど、女からすると、聞き飽きた恋の文句を聞かされる苦痛の時間、と考えていたりする。

 であるから、告白という一大イベントを設けて口説き落とそうとするのではなく、日常の所作によって、自分にしかない長所を浮き彫りにしたり、本質を直視して貰えるように気を配ったりと、エピファニー的な行動を取ることのほうが何より大事なのだ。

 神は細部に宿る、ではないけれど、普段の他愛ない会話や、当たり障りないデートの中で女をその気にさせられないのであれば、急に大きな恋情で殴り付ける「告白」という乱暴を働いたところで、「いえっさー!」と承諾して貰うことは到底出来やしない。

 しつこく告白を繰り返して強引に頷かせる男もいるが、それはアドルフ・ヒトラーのように邪悪な力で相手をねじ伏せ、「はいるひっとらー!」と服従させてしまうようなものだ。

 つまり下手くそな告白は、加害行為に等しいのである。 

それでも告白がしたいなら、人並み以上の武器を見せつけて一点突破するしかない

「好きです。あー、えーと、あと関係ないですが、最近はミリオンダラーくんと呼ばれています。一応、億万長者なんでね(おもむろに通帳を提示)」
「付き合ってくれませんか? 僕は一応、御曹司ですがそういうのは気にしないで下さい。本当に好きなんです。一生食うには困らないレベルの資産がありますが、そんなことは今どうだって良いんですよ。数え切れないほどのお金は死蔵してあります。だってそんなものよりも、あなたのことが好きだから」

 結婚する気のない遊びの恋愛だとしても、女は貴き時間を差し出すことになる訳だから、利点なき男とは付き合わない。

色恋において、返報性のルールは適用されない

 非モテが自己を犠牲にして、持ちうる力の全てを好きなあの子に注ごうと、「なんですって!? わたしを好きですって!? マジキモいんですけど。おまえみたいなブサメンと遊ぶくらいなら、人面瘡とチューしたい」と、言語ではらわたを抜き取られる。

 成就しない純愛は、美しさとは対極なものだ。

 非モテの告白は究極のおねだりであり、「ちょーだい! ちょーだい! 好きをちょーだい!」とゾンビのように詰め寄る行為だから、一方的な恋愛感情のバイオハザードなのである。

 嫌いな男が抱く恋心は、女からすれば脅威。

 善良な非モテでも、女に好意を向けた瞬間に、「怖い……」と戦慄されてしまうことがある訳だけれど、それはなぜかといえば、ちょーだいブサイクというクリーチャーとしか思われていないからだ。

 そして、「優しさと純粋さは誰にも負けません!」と自負している男は地雷率が高く、というのもそれは非モテの自己完結ストーリーに過ぎず、女の考える人間的に素敵な人の枠に入っていないことが多いからだ。

 たとえば女が躓いたときに男が優しさを発揮して手を差し出そうが、苦手なタイプであると判断されている場合は、セクハラに該当してしまう。

 つまり優しさと純粋さはどこまでも主観的なものだから、そんなものを武器にしようとしている男は、自分勝手な厄介者である確率が極めて高い。
 そういう尊大な輩は、「なんでこんなに優しさと愛情を届けているのに、あいつは俺を無視するんだ。俺の頑張りを返せ」と被害者意識を募らせ、豪華絢爛な憎悪感情を迸らせて、ぴちゃっぴちゃっ……と天井を這いずる腐敗した化け物のごとく、狂ったベロを垂らし、何をしでかすか分からないモンスターと化す。

 一般常識は、恋愛の非常識でもある。

雑記・IFビッチ女の戯れ言について

 良くマンガ作品とかで、「○○くんのこと好きだったんだよ。もしもね、もしも、あのとき告白してくれてたら付き合ってたのに」とかいう、IFビッチが登場するけれど、それは舌先三寸のネタに過ぎない。

 おそらく過去に戻って、そのクソ女に告白したら、普通にフラれる。

「タイムリープしてきたぞっっ!! 俺のこと好きなんだろ!?」と詰め寄ったら、後日、屈強な彼氏が登場してみぞおちに拳をめり込まれ、財布をパクられて、絶命するだろう。

 女がする過去の話は、大概適当なのである。
 過去をねつ造して、それを美しい口語作品として提示し、今をドキドキして楽しもうという魂胆がある。

 これは女のリップサービスって奴だ――と見せ掛けてそれは、女自身が気持ち良くなるためのものだ。

 どういうことかというと、たとえば他に例を出すと、「○○くんは、実は凄いモテたんだよ。わたしも好きだったくらい! 知ってた?」と嬉しくなる報告をされた経験のある男って六割は超えていると思うが、なぜ女がこんなことを口にするかというと、男を有頂天にすることによって、褒めて貰おうとするためである。

 つまり、女が「可愛い~~~!」を連発するときは、自分を可愛いといって欲しいからという心理に通ずるものがある。

 一つ言えることは、どんなにクールぶっている男でも、自分が周囲の女からどんな評価をされているかは敏感に察するものだから、重度のKYを除けば、自分が気付かないところでモテているなんてことはありえない。

 それよりなにより、「実はモテていた。わたしも好きだった!」という暴露をぶっ込んでくる猿みたいな女には、その感情を我慢したまま生き続けられるほどの忍耐力は備わっちゃいないだろう。

 僕は以前、この辺のことを女友達に詰問してみたことがあるんだけれど、笑って濁されたから、図星だったのだろう。

 しかしながら、女の口にするこうしたほら話は、何にも代えがたいくらいにありがたい。
 たとえ嘘っぽくても、気分が舞い上がるからだ。
 であるから年がら年中、ポジティブな嘘をついて欲しい。

 可愛い子は、その道40年のカウンセラーを超えるほどに、男の心を豊かにする。

雑記・読んだ本1

マインド・コントロールとは何か

マインド・コントロールとは何か

 

あらゆる自然や社会の現象は、原因があって結果が起こる。結果が先に来ることはない。しかし、人は多くの場合、原因を知らずに、先に結果を知ることが多い。そして結果を観察することから、原因や責任の所在を推論する。その過程を社会心理学の用語では帰属過程という。

 このように書いているが、非モテが女にフラれるときもそうで、明確な原因を掴めていないからこそ、「失言があったのかな?」などと考えてしまうものだが、往々にして告白そのものがミスであることが多い。

 告白を実行すると、関係性の進退をいったん締め切ることになる。
 これから恋心を育めたかもしれないのに、その未来を閉ざしてしまう可能性があるのだ。

 ゆえに告白なんていう玉砕行為をするのは辞めて、デートを重ねて手を繋いだり、終電を逃して遊ぶことを第一目標とすれば良い。
 そうすればある日、手を出そうとしたときに、「ちょっと待って。ちゃんと責任取って付き合ってくれる?」とかなんとか言ってくれるかもしれない。

 もしも自然消滅する悲しい結末が訪れたとしても、魂を入れた告白をしてフラれるよりはダメージが少ないから、すぐに立ち直って新たな恋愛競争へ突入可能だ。

 失恋した直後の非モテは、フラれたという結果を鑑みて、「デートコースが悪かったか?」「女に車道側を歩かせたからか?」「店のチョイスミス?」と細かな行動について反省し始めたりする訳だが、大体の場合、理由はそんなことではない。

 遅刻しようが、車道側を歩かせようが、成功するときはするものであり、フラれるということは最初から女が、眼中にないけれど社交辞令としてデートしていたか、断るのが下手だからずるずる遊んでしまっていたか、他にめぼしい男を見つけ出したかのどれかに該当することが度々ある。

 そんなときに、男が告白という関係を断ち切るためのきっかけ作りをしてくれたから、「ごめんなさい(解放された! やったぜ!)」と飛び上がらんほどに歓喜して女はフるという訳だ。

 女の束縛を解く効果があると考えるならば、告白も悪いものではないかもしれない。

 時折、「フるなら早くしてくれよ。時間が無駄になったろうが!」と後になってから女を白眼視している男がいるけれど、早期に突き放してしまえば、高飛車な女呼ばわりされたり、「え、なんで、なんで? 俺なにした?」と必死の形相で理由を問いただそうとしてくる男が現れたりするから、単なるフるという行為は女にとって、実はタイミング良く効果的にやるのが難しいことなのである。

 だから無難なのは、「ずっと片思いだった人とお付き合いできることになりました。この恋を大事にしたいので、もう連絡は取れなくなると思います。ごめんなさい」と隙のない突き放しをして、着信拒否をすることかなと思う。

雑記・読んだ本2

無責任の構造 モラル・ハザードへの知的戦略 (PHP新書)

無責任の構造 モラル・ハザードへの知的戦略 (PHP新書)

 

不本意ながら、従っているうちに、やがて、従っている不本意な行為の背景にある価値観を、自分の価値観として獲得してしまうことがある。それが内面化である。

 こういう風に書いているが、ここで一つ僕の偏見を披露するなら、非モテが口にする、「貧乳、好きです!」「可愛い子より素朴な子が好き」「顔はそんなに気にしない」といった発言は、大方、でたらめだ。

 己の社会的レベルが低いことで、高次元の女は入手不可能と考えてしまうため、無意識にそこから遠ざかった理想を持つようになっただけなのだ。
 潜在意識による妥協と呼ぶべきかは分からないが、手に入る確立が極端に低いものを得ようとするのは精神的な負荷が掛かり過ぎるから、そうならないように自動調整された結果なのである。

 一言で言うなら、ブス好きの非モテは、自己洗脳の天才であり、内向きなペテン師である可能性が高いということだ。

 非モテのブサイクと非モテのブスが結ばれるのは、十中八九、防衛機制によるものであり、「俺が美人と付き合える訳ねぇだろ。このブスが妥当」「私が美男と付き合える訳ねぇわ。このブサイクが至当」と心奥で合理化した結果である。

 言ってしまえば、正常な自己認識からの駆け落ちだ。

 とはいってもそれは悪いことではなく、恋愛そのものが錯覚であり妄想だと考えられるから、二人で幸福になるために互いの恋心的な理想を歪ませて、いっせーので愛欲に溺れられるならば、それは素晴らしい。

 しかし問題なのは、男という存在は往々にして歳を重ねるごとに社会的地位が向上し、自己肯定感の度合いが強まることにより、封印されていた真の理想が、意識下へ顔を出すようになってしまうことだ。

 全ての美点を塗りつぶすレベルのブサイクであれば、そうした心理変化はよっぽどのこと(百万長者になったり、売れっ子芸人になるなど)がなければ起きないが、今まで怯えながら生きてきたそこそこイケメンの男なんかであれば、豹変確立は凄まじく高い。
 つまり自己肯定感と防衛機制は密接な関係があり、社会的な強さを得るたびに、大きく心変わりするものなのだ。

 だから男は、中年になってから浮気や不倫に走るものが後を絶たない。
 若い頃は恵まれなかったが、一途に会社に尽くして来たおかげで大出世し、「ずっと今まで心的に牢獄に閉じ込められていたけれど、やっと自由の身だ! 伸び伸びと生きるんだ!」と考え始めるからだ。

 僕が思うに、世の中に本当の意味で誠実な存在なんて、ただの一人もいない。

 純粋に一人を愛する素敵と評される人もいるけれど、そんなものは、そうした心理状態がたまたま今この瞬間まで継続しているだけに過ぎず、環境の変化によっていつ一変するか分からない脆いものだ。

 まとめると、非モテに関わらず、全ての人間の真心なんてのは、非情に不安定なものということである。

雑記の中の雑記

 それと数人に、「ピピピは、非モテのフリをして客寄せしている」といった類いのことを言われたのだが、金曜の夜にこんな長文を投稿する人間がモテるはずもなく、実際にモテないからこそ、こういう文章を書いて鬱憤を晴らしているのである。

 一つ言えることは、モテるはてなブロガーなど壊滅的にいない。

 収益100万円ブロガーなど、一線を越えるレベルの人たちはアイドル扱いされるから別にすれば、どいつもこいつも五十歩百歩。

 文章を沢山書いて思考慣れしてくると、女の口説き方まで論理的に説明出来る気がしてしまうために、自称モテ男はごろごろいるけれど、それは即興の武勇伝職人みたいなもので、作り話の名人なだけである。

 はてなブログは、非モテの吹き溜まりと考えると良いだろう。