ピピピピピの爽やかな日記帳

ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

女は成功しているブスが好き 尊敬しつつも見下せるから

 成功しているブスは希望を与え、失敗しているブスは絶望を与える。

 このように残酷極まりながら女性道は、真っ二つに分かたれる。

女は、尊敬しつつも見下せるブスを愛してやまない

 色気のあるブスや、金持ちのブスや、演技力のあるブスなど、見誤りのないシンプルなデメリットが抜きんでた名の売れた女は、よっぽどの悪女に転身しない限りは、手放しで応援される。

 その理由は、人間らしくありながらも無情なので書くのに躊躇いが生じるほどだが、端的に言うなれば、容易に見下せる存在がスポットライトを浴びているのを見ると、「あの女よりもマシなアタシは、もっと輝けるチャンスがありそうだわ!」と心を躍らせることが出来るからだ。

ブスのシンデレラストーリーは、浮かばれない女たちに勇気、希望、夢を与える

 ブス寄りの女芸人などが会場入りすると、「可愛い~~~っ!」と黄色い声援がスタジオから飛び立つものだが、本音翻訳機が仮にあるとすれば、「アタシより下位にいてもおかしくないブスが目立つってことは、アタシくらいのレベルだったら、より大空を優雅に飛行出来るんじゃないかしら。ブスでいてくれて本当にありがとう! 感謝を込めまして、可愛い~~~っ!」という心の声が地上に舞い降りるだろう。

 とどのつまり、豚もおだてりゃ楽しいざます思考

 コントロール可能性というか、見下しポイントをいつまでも持ち続けてくれるブスな成功者は、女ファンを逃さない。

 女の敵は女、とはよく言ったもので、たとえ遠くの人間であろうと、同格であろう女に出し抜かれると憤怒するのが女という生き物だ。

 しかし、見下させてくれる部分を提示してくれる相手――色気デブス芸人、ガリブス演技派女優などに対しては、「ふっ」と鼻で笑いながら、嫉妬をご破算にすることが出来るため、嫌いを乗り越えて好きになる。

 尊敬と見下しが、ブスな有名人を支える両輪なのだ。

 この二律背反――アンチノミーな感情を、植毛栽培のように、大勢の観客に植え付けることが出来たブスは、女の明星となり、キラキラといつまでも光を放ち続けるのである。
 ブスの人生は、手持ちの金がゼロになってからスタートする旅路のようなもの。
 であるから、輝く世界へ到達した際の感動はひとしお。
 感激の一大スペクタル。

若さと美貌をウリにする芸能人を、女は敵対視する

 世を拗ねたやさぐれ女になると、美人が真っ白いハンカチを取り出しただけで、怒濤の如く激怒するなんてこともある。

「丁寧に折り畳まれた、四角四面で純白色のハンカチーフを見せびらかしやがって、生活態度の優良さまでアピってんのかワレ。てめぇの美はノイズなんだよ」とルサンチマンが跳ね上がるからだ。

「その心、笑ってるね」と好戦的な被害妄想を強め、「そのハンカチで、わたしの薄汚れたツラを拭けとでも!? その腐った根性!」と杖で大地を叩き割るような荒くれ者になってしまう場合もある。

 しかも大手事務所の売れっ子美人であれば、賞味期限を長くするために、好感度を急上昇させる台本のしっかりしたドッキリ番組に出演し、「内面まで美しく、庶民的で、笑いも忘れぬ、みんなの味方」という善人演出をするものだから、一層、腹の虫が治まらなくなるのだ。

 そのため、スキャンダルを起こすことを心待ちにしている。
「ありがとう文春!」という言葉は、ベッキーよりも先に、大勢の女が口にしたであろうことは、想像に難くない。

 つまり、自分が不遇な生き方をさせられていると考える女たちは、数々のハイレベルな美女に対し、「てめぇは努力してっけど、絶望してねぇじゃねぇかよ! 絶望こそが努力だって知らねぇのか? 美女の努力なんざ努力のドの字にもならねぇよ。絶望のドレミファソラシド、教えてやろうか!?」といきり立っているのだ。

 結論、女は怖い。

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雑記・「ブス+暗い」という組み合わせだけで炎上する社会について

 数年前に観たシングルマザーの特集番組で、「14歳で子供を産みました……。でも、あたいが醜いので離婚されました……」といったようなことを、お太りになられたブスの女性が重苦しく語っていた。

 神は睡眠中、悪魔は活躍中とでも言わんばかりの殺気だった表情であった。

 それでも必死にアルバイトをいくつも掛け持ちして、息子への教育に惜しみなく金を使う、どう見ても善良な存在だった。

 だから似たような境遇の人から、温もりのあるメッセージや、支援の連絡がいくらでも来るのではないか、と僕は考えたのだが、甘かったようである。

 動画サイトやSNSのコメント欄には、手加減なしの激励なき叱咤が、突き刺したように並んでいた。

『悪いのは顔じゃなく性格です』『無計画に産むおまえが悪い。節操のない野獣が!』『心がブスだから夫が離れたんだろ』
 それらの前置きには、『わたしも貧困ですが』『こんにちわ、金なしです』といった、お太りのブスと似たり寄ったりの環境で生きていることを示す挨拶が書かれていた。

 これこそが人間の怖さ。真実の話。絶対的ノンフィクション。

 概すると、ブス+暗い=無条件にバッシングされやすい、という公式が成り立っているということだ。

 この辺に背を向けて、「そんなことないよ。個性だよ、素敵だよ」という、おためごかしを連発していると、被害者が出てしまう。

 安い出演料を貰っても、ネガティブなブスゆえに炎上してしまったら、より病める日常が到来する可能性があるから、却って損をするリスクがある。

 明るく振る舞える自信がないのであれば、少額の小銭に釣られたり、瞬間的に承認欲求を満たせることだけを考えての番組出演は、固くお断りすることが身のためだ。

 なぜ、暗いブスを嫌悪する人がいるのかというと、泣きそうになりながら努力をしているのに結果が出ないこともある、という事実を信じたくないからではないか。

 そもそも人間は、正常性バイアス、「危険地帯を歩いていても自分だけはなんとか助かる気がする!」といったものに少なかれ囚われてしまうくらいに、実は物凄まじい自信家の一面を持っている。

 ゆえに、その根底を崩されるような人的現象を知りたくないと考えてしまい、たとえ頑張っているブスがいても、不幸せそうならば、その原因をブスの内面に見出そうとする。

 社会貢献意識の強いブスがいたとしても、彼女が陰険な目つきで、ネガティブワードを放射し続けていれば、性格に難のある者と認定されてしまう。

 これをテレビ番組でやってしまえば、一発で炎上する。

 人類の恐ろしさが、おどろおどろしく咲き乱れる。
 悪意の花が、枯れるように咲く。

雑記2・読んだ本

一流の狂気 : 心の病がリーダーを強くする

一流の狂気 : 心の病がリーダーを強くする

 

幸福の歪み。正常な状態において、正常な人は、自分自身を過大評価する。実際にそうであるよりも、私たちはものごとが自分の制御下にあると考えるのである。

 このように書いてあるが、やはり人は必ず、一種の全能感を持っているから、自分が見下せるターゲットが華々しく出世しているのを見た際、「あのブスよりあたいの方がかわゆい。だからあいつに勝てる。よゆー!」といった風に、人生に立ち向かう勇敢さを得られて、幸せになるのだ。

 僕もそうだが、嫉妬深い心性を持った日本人の住む世界においては、成功しているブスが、他の全てに圧倒的な差を付け、堂々の社会貢献ランキング1位を勝ち取っていると思われる。

 イケメン俳優とか、バラエティ常連アイドルとか、あいつらは人の心をかき乱す。

「みなさんのために」「テレビの前のみんなが笑顔になってくれたら」などと、さわやかな笑顔で語り、金や地位だけでなく賞賛までもを、一般庶民から奪い取っている。

 人間のエネルギーは有限であるがゆえに、テレビに出ている一部の完璧超人が、大衆の好意(精神力)を吸い取ってしまうことで、僕をはじめとした一般人が、名声を獲得しにくくなってしまう。

 他人の不幸は蜜の味という言葉があるけれど、逆に他人の幸福は練炭の味がして苦い。

 そしてルサンチマン劇場が幕開けする。

 妬み嫉みの爆発だ。「俺にも喜びを提供しろ」という奪取の悪感情が肥大化。
 それゆえに、蟻地獄式に楽しそうな人間を、奈落に引きずり込んでやろうとする人が増えている。

 たとえば僕のブログくらい小規模でも、アンチが日に日に増えている訳だが、これも鬱憤の溜まった人々が世の中に沢山いるせいであり、彼らが、「自分は優れているのに、嫌なことだらけだな。ぷんすかぷんすか」と、ストレス解消に好都合な敵を探して歩いているせいなのだ。

 言うなれば、僕が原因で発生したアンチはただの一人もいない。

 彼らは、自分に都合の悪いことや、価値観が真逆なことが書かれた記事を、煽りと誤った認識をする。

 人は日常生活で疲れてくると認知も歪んでくるから、炎上だとか煽りだとか分かりやすい言葉を用いて、目前にそびえる物事を楽に処理しようとする。

 批判コメントが複数並んでいるときに、ますます批判コメントがつきやすいのは、自分の頭で考えることが出来ないくらいに疲労している者が、それだけ世の中には多いということの証明である。

 そのため批判も仕方なく、持ちつ持たれつのように殴り合って、互いにストレスなく共生して行けるようにすれば良い。

 最後に言っておくと、僕という人間は、論理的で合理的で効率的な存在だと自負している。
 なぜなら、幸福度が高いから。

 たとえ喋ることや文章の論理が破綻していようと、生き様の論理は破綻していない。

 現代社会では日常が幸せだと思っている人ほど、長生き出来る。
 生存戦略的な観点から見ると、僕の人生は100点。

 つまり人生が論理的なのである。