ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

個人のブログ記事が炎上するのは99%読み手のせい 疲れた人々による批判という代償行為

※お喋り動画、掲載しています。

世の中は思った以上に、考え方の屈折した社会不適合者だらけ

 大衆は疲労困憊している。莫大なストレスを抱えている。

 理想通りに運ばない現実にムシャクシャし、そのムカツキを、ネット上で撒き散らす代償行為が頻繁に行われている。

 結論を先に書くなら、個人ブログが炎上するのは、人々が絶望と嫉妬によって常軌を逸した状態にあるからなのだ。

 彼らの、「鬱憤を放出したい!」という願いが肥大化しているため、叩くべき人間を叩くよりも、叩ける人間を探して叩くという、ヒーローごっこが各地各所で展開するようになった。

炎上とは、哀れな読み手の阿鼻叫喚なのだ

 嫉妬感情、ルサンチマンに操られて踊り狂う彼らは、自分が嫉妬していることすら、認識出来なくなるほど、自惚れている。
 それも同族嫌悪が激しく、自分と似たようなレベルの人間が、あることないこと自己主張して、衆目を集めていると、激憤する。

 出る杭は打たれるというか、「自分だけ救われようとするんじゃねぇよ。スキルは俺と同等か、それ以下なはずだろ。無能の分際で逃げようとすんな。みんなで苦しもうぜ!」と考える、自他虐待的な連中が、足を引っ張ろうとしてくるのだ。

 そのような、かわいそうな人間が増えている。

記事を読むのが面倒な人のために、お喋り動画をアップした


「ブログ記事が炎上するのは読み手のせい。鬱憤の溜まった人が増えているから」という話

pipipipipi-www.hatenablog.com

 この記事についても、ちらっと話した。
 たくさんの励ましメッセージが届いて泣けた。

記事の炎上=読者の自己陶酔

 読み手がナルシシズムを発揮することによって、記事が着火する。

 4年間、はてなブログを利用して分かったのは、この小さなウェブサービスの世界だけに限定しても、寛容さの欠如した、多様性を許せない人々で溢れかえっているという事実だ。

 自分の中の「絶対」から外れた人の記事を、「炎上案件」と断定して叩きのめそうとする、自分絶対主義者が掃いて捨てるほどいる。

 単刀直入に言うならば、自分に酔いしれている人間ばかりということだ。

 そうした思考的酒乱な人々が、状況判断能力を欠いたまま脊髄反射的に、己の正義を振り回すことで、たかだか個人のブログ記事がお祭り騒ぎになるのである。

自己中心的な人が増えたのは、日本社会が歪んでいるから

 僕らが根を下しているこの日本は、資源の再分配機能が破綻しているため、中間層以下の人々は、将来に悲観し、苛立ちを伴いながら生きている。

 つまり憂鬱がベースの日常を暮らさなくてはならないから、なるべく自分に甘ったるい飴を与え、他人にトゲ付きの鞭を振るうようにして、積極的に、妄想の中で自己を肯定し続ける。
 このように過剰な自己讃美をすることで、どうにかこうにか心を保っている人がわんさかいるのだ。

 もはや世の中は、自分大好きな酔っぱらいばかりであり、彼らは、己の正しさを延々と確認するために、インターネット上で赤の他人に難癖を付けまくる。

 昨今、クレーマー体質の読者が続出しているのも、妬み嫉みや自己正当化に囚われがちな人間の性質、そして寒々しい社会状況が重なったせいなのである。

 ここまでをまとめると、小規模な個人のブログ記事が炎上するのは、世間が疲れ切ってしまっているからということになる。

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大衆の集合的な認知が歪んでいる

 どいつもこいつも頭がおかしくなってしまったのだ。

 そのせいで、僕のように善良な一般人の正当な意見までもが、「炎上狙い」「無慈悲な煽り」「迷惑行為」と捉えられてしまうことがある。

 僕は、誰かを煽り立てたり、記事に火を付けたりしようとする気持ちは、ただの一秒も抱いたことはなく、細々と平和に当たり障りない発言を繰り返して、ハートウォーミングなブロガーライフを送れたら、それだけで満足だと思っている。

 つまり、僕の記事が炎上するのは、どう考えてもお前らが悪い。

雑記・読んだ本

心はなぜ苦しむのか (朝日文庫)

心はなぜ苦しむのか (朝日文庫)

 

現実の世界はわれわれが恐れているほど敵対的ではないし、われわれが期待しているほど友好的でもないということですね。

 と書かれてあるが、残念ながら今の社会は、全ての人間が材料化されてしまっている。
 必要以上にブサイクだったり、トンカツデブだったり、挙動不審だったりすると、予想以上にジロジロ見られてしまう。

 なぜならネタ作りの好材料になるからだ。

 ツイッターの文化を見ても分かるとおり、他人を小馬鹿にして笑いものにすることがエンターテイメントになっているため、「人は人に興味がないから、恥ずかしがることなんてないよ。自信を持て」という一昔前の助言は通用しなくなっている。

 みんな見られている。みんな貶されている。みんな失笑されている

 互いに監視し合い、罵倒し合い、殴り合いをいつまでも続け、共倒れを目指す世界が完成している。

 インターネット社会というのは、皆で皆を傷付け合う恐ろしい場所なのだ。
 だからこそ僕は、人の幸せに喜び、人が幸せになるような文章を書いて、少しでもみんなが豊かに生きていけるように努力したいな、と常々、思っている。

雑記・読んだ本2

 これは何回も読み込んでいるし、マンガの中でトップ3に入るほどに大好き。
 ヒロイン・もこっちが、リア充を横目で睨み付けながら、『私の寿命一年減らしていいから あいつら事故死しねーかな…』と湿っぽくぼやくシーンがあるのだが、この僕も、はてなブログやツイッターなどを利用して、幸せそうな人を見掛ける度にそう念じている。