ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

彼女いない歴=年齢かつ四捨五入「童貞」である僕の、悲惨な恋愛ぶっちゃけ話 30歳間近の無能系草食男子が語る本音

自尊心の切り売り的な記事は、精神がすり減るのでこれを最後とする

もうすぐ30歳なんですが、一度も付き合ったことがないってヤバいですか? ちなみに友だちに頼まれて書いています」という質問文を、ヤフー知恵袋に投稿したり、グーグルの検索窓に、「彼女いない歴=年齢 普通」などと打ち込む毎日を送っている、負け犬ことピピピです。

 プライベートな部分を赤裸々に語った後に身バレしてしまったら、実生活が途端に辛くなるので、気をつけています。

彼女いない歴=年齢であることがバレないように、細心の注意を払って生きてきた

 リアル界で遭遇する人々の前では、「19歳で初めて彼女が出来ました。県別無料チャットで知り合った子です」というねつ造した過去をお披露目することによって、女の子と付き合ったことがない事実を隠蔽している。

 飛び道具として、ただの知り合いと撮影したプリクラを懐に忍ばせてあるし、『嘘も100回つけば真実』という言葉通り、ペテンが板に付いて来たから、強がりではなしに非モテ視されることはなくなった。

 そのため今の今になって、後ろめたい汚点が白日の下に晒され、僕の実相を知ってしまう知人が現れ始めると、恥ずかしくて街中を歩けなくなる。

 しかしながら、こんなにまでも、虫けら以下の存在として負のレベルが上昇すると、破滅願望がすくすくと育ってしまうため、涼しい顔でおのずからサンドバッグに変成してしまい、バラエティ豊かな暴行を受けることで、「あぁ、真実。これぞ、リアリティ」という喜びが浮上するのだ。

 というのも僕は、常日頃から、彼女いない歴=年齢にも関わらず、モテ男であるかのように自己錯覚、他者洗脳を施し、虚言によって築かれた、居心地の悪い幻想の城に居座っているため、たとえ貶されようとも、嘘偽りのない自分の相手をして貰えることに、この上ない幸福を感じずにはいられないのである。

 破滅という最上の喜び。

数年間、女の子と遊んでいない 現実逃避の毎日

 闇夜の経験は4回のみ。四捨五入すれば未経験も同じ。

 クリスマスイブやバレンタインなど、恋愛カラーの強烈なイベント日は、前前前日から一睡もしないようにしておいて、当日24時間ぶっ続けで寝るようなことをしている。

 そうすれば、嫉妬や寂しさの感情を抱かずに済むからだ。

 

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 こちらは遠い昔、好きな子に告白してフラれた後、物思いに沈みながらやりとりしたメール。

 僕は大学を中退して以降、長きに渡って引きこもりニートだったから、人間社会におけるコミュニケーションの取り方、戦略的な距離の縮め方が身についていない。
 つまり、恋愛的に詰んだ状態。

 どうしようもない負け犬ゆえに、このブログ上で、上から目線の男女論を遠吠えのように投稿することで憂さ晴らしをし、日々、じめじめとクソムシのごとく陰気に生きて来た。

 サナダムシに寄生された犬畜生のごとく。

 

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 この画像は、スマートフォンの電話帳とラインの友だちリストなのだが、見れば分かるとおり、一桁しか登録されていない。

 僕は、病的に付き合いが苦手なのと、昔、人生に疲れたときにスマホを初期化してしまったため、東京にいる親友と家族の連絡先しか知らない

 はてなブログやツイッターにおいて、僕より連絡先の登録が少ない人は、そうそういないと思われる。
 もはや、スマホの所有に意味を感じなくなって来たから、解約も検討中。

 

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 リアル世界にどかっと腰を下ろして、手厳しい実情を目の当たりにしてしまうと、心が疲弊してしまうため、上記のように毎月、50冊以上マンガを購入して、架空の世界に逃避している。

 ちなみに左端の布はカーテンであり、マンガは本棚の頂上に置くと決めている。
 この他にも、新作などはアマゾンにてキンドル本を、月に数十冊購入しているから、妄想世界に逃げ込む準備に抜かりなし。

 

僕が非モテである理由は、低スペックなのと性格が歪んでいるから

 低学歴、低収入、低身長、低脳、低諸々

 大学は一週間で中退したし、親の会社で脳天気に働いているけれど、社内預金として給料の大半は没収されるから貧民だし、身長も167cmだから藤田ニコルと一緒だし、学生時代に教科書をまともに開いた記憶がないから頭も悪い。

 売り物にならないポンコツ。事実、誰からも相手にされなかった。

 親の経営する会社は専門性が強く、その道40年のプロフェッショナルな父親を頼っているクライアントが大多数だから、僕が引き継いだところで継続は困難。
 恋愛だけじゃなく、人生丸ごと真っ暗。

 それでも、社内預金と遺産などのあれこれによって、一生涯、食う寝る住むに困らない、細く長く生き延びられる環境は作ってくれる。
 すなわち親による強制貯金はイジワルなんかではなく、僕は過去に三桁の借金を背負ったり、家賃を支払わずに夜逃げしたりしたこともあるから、今のうちに自制心を鍛え、未来のために蓄えておくという二種の目的があるのだ。

 人生の中にいくらでも浮上するチャンスがあったのに、「面倒」「疲れた」「まだ休みたい」という理由で、勝負から背を向けて生きてきた自分の愚かさのせいで、こうなってしまった。
 他の誰の責任でもない、出会いが少なかった訳でもない、全て自分が悪いという、言い訳不可能な状態、四面楚歌、絶体絶命。

 早いとこ輪廻転生したい。

 人生に対して無気力になってきた。毎日、犬を抱っこして慰めて貰っている。
 布団の中、夢の中、意識のない時間だけが、幸せだと思ってしまう。

職歴・学歴・資格・技能なしとなれば、自分が今後達成出来ることの幅は狭い

未来は暗い。ただ生きるだけか……

毎日似たような暮らしをしていて、何か意味あるのかな?

気が狂ったように寂しくなる前に、露悪趣味な記事を書いて自己陶酔しよう

虚しくなって来た……。マンガとアニメと小説の世界に逃げよう……

なんかもう疲れた。犬っころと話して癒やされよう……

 現実逃避と人生を終えることには、さほど変わりがない。
 ゆえに、生きている必要がない。

 こういう筋道の話が頭の中で展開しそうになるから、なるだけ我を忘れる時間を増やしている。
 だから、極端な語り口の記事を乱発して気を紛らわす訳であり、現実面に即した思考をして、それをまとめていると、絶望がのし掛かってくるから、そうならないため能動的に異常を反復しなくてはならない。

 こうした露悪趣味な思考によって、僕はなんとか命を燃やしているのだ。

 愛犬が先立ってしまったら、僕はどうなるんだろう。
 一緒にお墓に入って、北国を照らす、夜空のお星様になりたい。
 そして、ピースに溢れたキュアの光を散らすのだ。

 ぴかぴかぴかりんじゃんけんぽん!

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雑記・ブロガーの身長について

 ニコニコ生放送とかYouTubeみたいに、自分の実態を世界に送る人々は、千差万別、多種多様な配信者がいて、高身長で屈強そうな奴、モデル顔負けのスタイルを持った奴なんかも多々いるんだけれど、主に文章のみ(殊に個人ブログ)で活動している人たちは、見るからに弱そうな男が多いと思われる。

 コンプレックスの権化みたいな。ごっついけれど背が小さいとか。

 中でも特に、ポエムというか自分の心情を綴っているブロガー、それも長く継続している人たちは、その傾向が強い気がする。
 金稼ぎに重点を置いているアフィリエイトブロガーなんかだと、もう少し人間の特徴に幅があるんだけれど、そんなの気にせず感情の赴くままに記事を投稿している人々は、僕みたいに喧嘩が弱そうというか、小柄でなよなよした感じの人が大半なのではないか。

 実利面では役に立たない抒情的な記事をバズらせるには、繊細な文章を書いて、良い意味でも悪い意味でも人の心を動かさないといけないのだから、そう考えると、女々しいひよっこみたいな人の方が、日頃からぐちぐちと悩んでいる可能性が高く、心情を操る能力が伸びていて有利なのかもしれない。

 反対に身長180cmくらいある人の記事は、無味乾燥ではないにしても、ビジネスライクというか、書き方が雑というか、言語から精神を抜き取って、人に物事を伝えるだけの魂なき自己主張の代替人形として、ブログサービスを利用している印象がある。
 背丈界の強者は、威圧感だけで物事を動かせる訳だから、言語力を強化する必要がない。

 もちろん、文才のある長身者はいくらでもいる訳だが、その場合は周囲の人間も背が高かったり、ブサイクでガリっていたりと、身長の高さを武器に出来ない日常を送らなくてはならなかったため、言葉によって人を出し抜こうとした結果、文章力が身についたのだ。

 他にもチンピラ気質で図体の大きな人間もいるけれど、そういう人の場合は、過剰に喧嘩っ早かったり、空気が読めなかったりで、一般社会に馴染めず、疎外感を抱いた末に、書くことにハマり出して、筆力が身についた可能性が高い。

 つまり、金かコンプレックスが書く動機の99%ということ。

 偏見に満ちているかもしれないが、この直感的な感想は、ある程度当たっていると思う。

 身長問題というのは、改善不可能で一生モノな男のコンプレックスであるから、こうした発言をすると、怒り狂って僕に恨みを持つ人も出て来るだろうけれど、ドラマ「嫌われる勇気」で有名になったアルフレッド・アドラーが、『ナポレオン・コンプレックス』という考え、「ちびは、劣等感が激しく嫉妬深い。すぐ僻む。それゆえに攻撃的で、偉そうな態度で自分を大きく見せようとする」を提唱している。

 僕はミカンを潰すのもやっとなくらい非力なのもあって、現実では、常にぺこぺこと、全人類の奴隷のように生きているけれど、ネット弁慶なところがあり、ブログ記事はすこぶる攻撃的なことがある。ちびだから。

 幸せな人を見てズルいと思う。ちびだから。叩かれると二倍返しにしたくなる。ちびだから。カップルを見て妬ましく思う。ちびだから。すぐ見栄を張った記事を書く。ちびだから。すぐ泣く。ちびだから。すぐ塞ぎ込む。ちびだから。彼女がいない。ちびだから。ブログばかり書いている。ちびだから。ちびを見ると安心する。ちびだから

 ちびによる証明終了。アドラーの論は正しい。

 僕は小型の負け犬です。
 しつけ不足のポメラニアンなのです。

 わんわん、きゃんきゃん!

雑記2・毎度、心配してくれる読者の方々へ

 僕は、以前削除したアカウントも含めれば、4年近くはてなブログにて記事を書いている。
 それもあって後ろ向きな文章を発表すると、ツイッター上で、情に満ちたダイレクトメッセージが相当数届くのだが、たとえ文章が病んでいても、僕という人間そのものがヘラっていることは滅多にない。
 案ずることなかれ。

 僕のように成功体験のない負け犬底辺だと、救いようのない自分の人生に開き直っているから、逆に、ほんわかした空気感を持って幸せな毎日を過ごせる。

 ネットメンヘラ集団の中には、学生時代の成績は優秀だったり、一時期はバリキャリだったりと、誇れる部分を持っている人が散見される訳だが、そうした物事の達成と一緒に形成されるプライドのせいで、思い通りにならなくなってくると、不快感情に囚われて病みから抜け出せなくなる訳だ。

 生活レベルを落とすのは大変なように、若い時代に優秀な自己イメージを持ってしまった人は、落ちぶれた事実を直視出来ず、過去の栄光を材料にした幻想に逃げ込んでしまうから、その結果、現実とのギャップに襲われ続け、終わらない痛みに悲鳴を上げ続けることになる。

 一方僕は、内気なコミュ障ゆえにゴミとして扱われていたし、受験勉強もせずF欄大学に入るも馴染めずに退学し、女の子にもフラれまくって彼女いない歴=年齢だし、借金を重ねて親に全額支払って貰ったし、薄暗い部屋でこうした誰の役にも立たない記事をぽちぽちと書くことだけしか出来ない。

 ここまで堕落した、人間失格者としての末路を辿ると、悩みとか不安がいっぺんに霧散して、生きることに憂いのない、爽やかな気持ちになってくる。
 どこにいても南の島で寝転がっている気分。
 それでいて、生きているのは幸せだけれども、仮に明日、交通事故に遭って他界しても幸せという、謎の無敵精神状態にある。

 僕のブログ記事は全てそうした、こじらせた負け犬の遠吠えなんだよね。
 幸せな雄叫びを上げているだけだから、どうか心配しないで欲しい。
 朽ちた犬小屋でおすわりしているような人生。

雑記3・読んだ本1

メメメメメメメメメメンヘラぁ… 1巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)

メメメメメメメメメメンヘラぁ… 1巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)

 

佐々木です

どうして返信して
くれないんですか?

普通メールを確認してから返信するまで2分もかからないと思いますけど

もう6分も
たっていますよ?
ふざけてるんですか???
?????????
???????
???????

 こんなメールを送信してきたり、高い位置から肉眼で監視してきたり、交際相手の住所を暗唱していたりするメンヘラ女との、屈折した付き合いを描いた作品なのだけれど、凄い好き。

 一定以上可愛ければ、汚泥の精神を持った悪女であっても、彼女になってくれるだけで羨ましいなと思う。
 むしろ、愛らしい性格破綻者と付き合って、僕の人生を木っ端微塵に破壊して欲しいという想いがある。
 消費者金融で借金をさせられ、その金を巻き上げられ、奴隷のように扱われるという関係。

 共依存というか、見下されたい願望がある。 
 非モテをこじらせた人であれば、この気持ち、おそらく分かってくれるはずだ。

 世の中には、明らかに振り向いて貰えない相手に、際限なく貢いでお釈迦になる冴えないおっさんがごまんといる訳だが、それはこうした心理に通ずるのだと思う。
 順調に僕も、そういう方面の人間になりつつある。

 自分という存在が、自分自身でも手に負えないくらいの敗者に成り下がると、自分で自分を叩きのめしたくなるのだ。

雑記4・読んだ本2

世界はなぜ過激化(ラディカリザシオン)するのか? 〔歴史・現在・未来〕

世界はなぜ過激化(ラディカリザシオン)するのか? 〔歴史・現在・未来〕

 

ネット利用者は、自分自身に潜んだ悪魔たる部分を告発することによって、新たなアイデンティティーを獲得していく。

 という主張があるのだが、これはまさに僕が日頃やっていることで、己の内部で蠢く、黒歴史や進行中の不名誉をあえて隠さずに放り出すことによって、素の自分を誰か一人にでも認めて貰おうとしている。

 どんな人間であれ、やはり演技して社会生活を送っているものだから、剥き出しの自分を評価されるという幸運に巡り会う機会は少ない。
 背負った物が多い人間ほど、悪質な部分も含めた素の自分を出しにくくなることを考えると、端から見れば悲惨な、持たざる者である僕は、失う物がない分、飾らない本音を投げ込めるから、幸福度は通常の人々よりも高いのかもしれない。

 僕のように落ちぶれると、「恥ずかしい部分を片端から曝け出そう、だって、僕自身という全体が恥ずかしい人間なのだから、部分に恥ずかしがってどうする」という気持ちになってくるのだ。

過激化プロセスにおいて広く共有される情念がある。それらはまず屈辱と絶望感であり、もう一方にはもっと深い恥辱を敵に与えてやるという決意と、狂人の夢想のような神学的なユートピアの実現という信念である。

 とも書かれていて、僕のように薄汚れた負け犬は、一歩間違えると世間に狂犬の牙を剥き、執拗に飛び掛かるようになってしまう。

 人生に失敗して、精神的におかしくなったり無気力になった者は、自分の生きる意味を自主的に生み出せなくなったりするから、ネットの無料空間にて、自己正当化をしやすいメッセージに惹き付けられやすくなる。
 そうやって心中に浮遊する、屈辱と絶望感を完治させる秘薬を探し求める訳だが、やはり人は低きに流れるもので、その過程において、危なっかしいやり方でもって、自分の人生に過激な意味を見出してしまうことがある訳だ。

 世界中には過激な道へ踏み込んで行く者が大勢いる訳だけれど、その心的プロセスというのは似通っていて、やはり疎外感から解放されたいという気持ちが、行動の原理になっている。
 認められないと、人はどんなことだって、しでかしてしまう。
 それが自分に向かうか、他人に向かうか、自他同時に向かうか、の違いがあるだけ。

 承認の問題が、全ての問題の始まり。