ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

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【承認の荒稼ぎ】賞賛されまくりな人の、「人生はお金じゃない」発言のウザさについて【ホセ・ムヒカ症候群】

※中程に顔出し動画を掲載しますた。

馬鹿でかい承認を得ておきながら、「当たり前の日常こそが幸せ」と口にする人が、ごっっっっっっっっっっっっっつ嫌い

 それ非日常なんだよ、お前の着座している場所、一般庶民のゴールだったりするからね。

「人生はお金じゃない」なんてことは、みんな心の奥底で、重々しいくらいに分かってるんだよ。
 お金の先にあるものを手に入れたいからこそ、社会の人々は、気が狂ったようにメイクマネーするんだろうが。
 そうじゃないと、人に認められることも、好きな人と結婚することも、愛らしい犬を飼うことも出来ないからな。

「人生はお金じゃない」を口にする奴のむかつくポイント

 お金より価値あるモノを手に入れた勝ち組の笑顔で、偉そうに語りやがるからだ。

 んでもって、こうしたことを書くと、「それ相応の努力をしたんだ。だから成功したんだよ」と茶々を入れてくる薄らバカが登場するが、「てめぇなに驕り高ぶってんだコラ。貴様だけ努力してると思い違いしてんじゃねぇーぞ」って感じだし、人間誰であれ頑張っているんだから、五分五分なんだよボケコラ。

 てめぇの努力に幸運が重なって、強者ポジションに鎮座出来たことを、なに努力100%だと勘違いしてやがんだカス。

 そんな傲慢な野郎が、「わたしには、お金より大切なものがありま~~す」と語り出した途端、雷鳴轟くような拍手が鳴り止まなかったりする訳よ。
 でもお前、人より良い地位にいたり、最愛の相手と結婚していたり、有名だったりするんだからー、それってー、お金の代わりに高級品を持ってるってことだよねー?
 我ら庶民は、お金どころか何一つ持ち合わせちゃいないんですよ。
 持つ者が慎ましいフリをして、持たざる者に、上から目線でなんちゅーことを語ってくれてんだ。

 いつまでも説教くれてんじゃねぇーぞ。

お喋り動画


金も賞賛も一部の強者が奪い取る 社会における承認の一極集中が深刻

『当たり前の日常こそが幸せ』アピールで、承認を根こそぎ奪う人について

 世界で最も貧しい大統領と叫ばれる、ホセ・ムヒカという人がいるけれど、この方は給料の90%を寄付に当てるなどして、世界中から大絶賛されている。
 最上級の権力を持つ、賞賛長者。
 ムヒカは、たしかにお金儲けはしていない。
 しかしながら、猛烈なる承認稼ぎをし続けている。

持つ者の持たざる者ごっこ 慎ましい生活というお遊び

 恵まれ過ぎたムヒカはとち狂ったのか、書籍の中で、『私は、自分を貧しいと思っていない。いまあるもので満足しているだけなんだ。わたしが質素でいるのは自由でいたいからなんだ。*1』と語っているのだが、ちょっと待って欲しい。

 僕のような平均的民間人の目であなたを見ると、貧乏でもないし質素でもない。
 可愛い犬は飼ってるわ、毎月の生活費は10万円もあるわ、ちょっと自分語りすれば拍手されるわ
 しかもウルグアイの平均月収は約6万円ほどだから、一般国民の倍額くらいは頂戴している訳だ。
 日本の感覚でいえば、年収800万円くらいあるってことになる。
 良くもまぁ、質素なんて口に出来るもんだ。

 日本の底辺社畜だと、触っただけで崩れそうな団地に住み、満員電車に揺られてブラック企業に向かい、高ストレス下に晒されながら長時間労働し、先行き不安の絶望を抱いた地獄の中で歯を食いしばっているというのに。
 ホセ・ムヒカが日本在住のはてなブロガーだったら、一発で炎上しているだろう。
 その慎ましさ、ごっこ遊びに過ぎないから。
 この人の考える『慎ましい生活』というのは、一般人からすれば極楽浄土。

 最近は日本でも、こうした不幸自慢にも似た厚かましさのある、『当たり前の日常こそが幸せ』アピールをして、承認という有限な宝を根こそぎ奪うのがブームになっている。
 ホセ・ムヒカ症候群に罹患した人だらけなのである。

 そして僕が問題視しているのは、慎ましさを見せ付ける張本人ではなく、それをあまりにも称え過ぎる外野の人間だ。

社会における承認の一極集中が深刻

 たとえば元警察官のハルオサンが運営している、『記事一覧 - 警察官クビになってからブログ』の中で、『「広告は貼らずに書いていければ良いなぁ」と思っています。なぜなら広告を貼ってしまうと今ブログを見ている人達と「フェアな関係」で無くなってしまう気がするからです。(ブログに「広告とほしいものリスト」を貼る予定はありません。 - 警察官クビになってからブログ)』といった主張がされていた。

 ハルオサンそのものは、僕もかなり好きなブロガーなのだが、彼を応援する際に、どうしてか他ブロガーを貶す者がいくらかいる。

 どのような批判かというと、「これぞブログの神髄。お前らみたいにはんちくな金の亡者ブロガーは、ハルオサンを見習え」といったものだ。
 この思考スタイルで裁くのが当たり前の世の中になると、才能がなく何者でもない人間たちは、心底生きにくい社会になるだろう。

 そもそもハルオサンは、3月の半ばの段階で50万PVを超え、テレビ出演や書籍化の相談もされ、生活費の援助の申し出まで届いている現状だ。
 滅多に手に入らない幸福を掴んだ、奇跡の男なのである。

 そんな神に愛された人と、凡人とを比べるのは、あまりにも理不尽ではないか?
 なぜか分からないけれど、この社会にはホセ・ムヒカ症候群――当たり前の日常に満足している人マンセーな考えを持った者が多い。
 しかもそういう人が、手放しで褒めるのは、明らかに持つ者なのだ。

 そらこんな歪んだ社会であれば、認められない無能な人間が大勢出てきて、その結果、街中で叫んだりする過激な動画をアップして人気者になろうとしたり、過剰な煽り要素のある記事を連発する炎上ブロガーになったりする人が出て来るのは、至極当然だ。
 満たされない人が無視され、既に満たされた人が、更に満たされる社会なのだから。
 そのため、下克上するためならどんなブラックな手段も問わないという人が出て来る。
 ピラミッドの上部に君臨しなければ、まともに認められないのだから致し方ない。

 既にそこそこ満たされているハルオサンを、満たされない現状を健気に生きている心の綺麗な男性という風にあえて思い違いして、「こんな大変な状況でもあの人は頑張ってる。わたしなんて……ぜんぜんだ。がんばんなきゃっ!」と、自分を鼓舞する、屈折した性癖を持った人が増えているなと思う。

 蓋を開けてみれば、そんな感想を持った人よりも、ハルオサンの方がずっと心地良い生き方が出来ている可能性が高いのにも関わらず。

 世の中は、ハルオサンに優しく、有象無象に容赦なし。

www.keikubi.com

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 ハルオサン、ブログ界で一番面白い(๑¯Δ¯๑)/

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*1:世界でいちばん貧しい大統領からきみへ