ピピピピピの爽やかな日記帳

ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

ブログを10年書き続けて、「文章を書くのが嫌い」という結論に至った

絶望に追われて辿り着いた先が、白紙の上であった

僕が思いの丈を書き始めたのは、10年以上前である

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 入学して一週間で大学を辞めたとき、人が怖くなってバスに乗れなくなったとき、家族関係に亀裂が入ったとき、上京して知り合いが皆無でいつも一人だったとき、芸人養成所に通うも笑いのセンスのなさを痛感したとき、ホストクラブに入るも月々7万円しか稼げなかったとき、好きな子にフラれその子の妹にもフラれるというダブルパンチを食らったとき、彼女はおろか女友達すら作れなかったとき、多額の仕送り(月40万円)で無様な無職生活を堪能していたとき、ニートから脱却しようとするも正社員・派遣・バイトの一人バックレ祭りを展開してしまったとき、100万円以上の借金で首が回らなかったとき、低学歴低収入低身長かつブサイク&ブス&ハゲ&デブがひしめき合う魔界こと破格的ゲストハウスで暮らしていたとき、憎しみ煮えたぎるブラック営業会社の競争原理に焼き払われそうになっていたとき、自分が世界でいちばんに愚かで惨めな生物なのではないかと苦悩していたとき――

 そんなとき……僕はひたすらに書いたんだった。

 100円均一の日記帳からはじまり、ミクシィ、アメブロ、アメーバ、ライブドア、FC2、Seesaa。

 そしてはてなブログへ…

文章を書くのが苦痛だった、文章を書くのが嫌いだった

 散々、過去記事にも書いてきたが、僕は窓なしの違法建築物件に住んでいたり、親と半絶縁状態だったりで、心が割れて尖った瓶のようにとげとげしく荒れ光っていた。
 それに加えて、引きこもりニート歴4年、100社以上で働くも続かず(出社して挨拶後、契約書を書くのにくたびれてトイレの窓から逃げ帰るなど)、そして10インチ程度のネットブックだけが手元にある状況という、追い込まれた生活がそこにあった。

嫌だった、苦痛だった、不幸だった

 あの頃――僕がはてなブログに乗り込んだ5年前は、救いを求めて執拗に記事を投げつけた。
 目的だ、野望だ、そんな高尚な概念を抱える余裕すらなくて、ただ、ただ一心に言語的な猛り狂いを継続したのである。

 記事を書きたかったのではない、現実逃避の術を編み出したかったのだ。

 物書きの集うこんな場において口にすることではないかもしれないが、僕は文章によって救われたことなど、ただの一度もない

 そんなものは底辺の水飲み場でしかなかった。
 苦味が口内に広がり、幾度も吐き溜めを作りながら、それでもなお飲み続けたのはなぜか
 簡単なことだ、その一点しか僕の飢えを満たす方法がなかったからだ。

 自他滅殺思考が極まりに向かい、森羅万象を砕きたいという悪意が迸り、脳髄と精神がうごめくに任せてキーボードを弾きまくった

 書きながらに……すべてが蝕まれゆく予兆を人体の深みで持って感じ取っていた。

幸せな毎日を得た代わり、白紙の上に絶望が鎮座した

もう、良い意味でも悪い意味でも人の心を動かす文章は書けないだろう

 書く必要もなくなり、書くことも出来なくなり、すなわち鉛筆が折れた――いや砕け、そして遠くへと転がって行った。
 ごろごろと地割れの底に叩き落とされたごとき日々は、なんのかんので緩和、完治してしまったのだ(家族との絆再統合、父親が起業、この僕自身も営業会社に就職したのち親元で働き始めるといった具合に社会復帰した)。
 ちなみに愛犬のダックスは15歳の誕生日を迎え、妹は小売店に就職、弟はゲーム実況で大成したことにより少なく見積もっても上位1パーセントの高みに君臨する存在となった

 こうやって単なる個人ではなく、一つの家族単位が這い上がるように豊かになると、メンタリティが極度に強靭化する

 つまるところ、絶望の入り込む余地が消失するというわけである。

 端的に言ってもはや、負の感情(執筆欲)がまったくもって蓄積しない

 残念ながら僕は、とびきりの幸せを獲得してしまったのだ。

「書くことが大好き」と自己暗示し続けていた自分にさようなら

 ずっとずっと僕は、愚かなマインドコントロールを、己に施していたんだ。

 当初それは、自己逃避でしかなかった。
 だが日を追うごとに、余計余分な想いが付与されていった。

 自己救済のためだったはずの書くという「手段」が、いつの間にか「目的」へと変貌を遂げていた。
 そして最終段階、「面白い・楽しい・好き」という肯定語ではじめる自己洗脳生活。

 僕は己に騙され続け、10年もの間、ブログ記事を書き続けてしまったのだ。
 書くことに救いを求めているうち、それは恐ろしいほどに習慣化されてゆき、その圧力を伴った“継続”によって産み落とされた、亡者のアイデンティティが口を開き、「書くことが大好き!」という感想を口にせよと義務づけてきた

 好きだったんじゃない、好きだ、という思い込みの中にいた。

 肥大化した自己救済願望によって築かれた、極大の妄想に自我が巻き込まれてしまい、気が触れていった。

 もはや自我が先なのか妄想が先なのかも分からなくなり、自分という存在そのものが不安定になり、その不安感を解消するべく書いた――来る日も来る日も書いた。
 すると確立した、曖昧模糊とした自分が確立した、これまた来る日も来る日も確立した。
 ありとあらゆることが、ますます意味不明になって確立していった。
 虚栄心が確立した。己惚れが確立した。憂鬱が確立した

 好きなのか嫌いなのかも分からなかった、何がしたくて何がしたくないのかも判然としない迷走状態に陥った。
 全てが理解不能となり、機能不全を引き起こした。

 それゆえ、『書き狂うことで、自己確立した気分を病的に連打生成する』という、精神リソース消耗ゲームに興じる他なかった。

 すなわち、書いていたというより、書かされて生きていた。

落ちぶれた出来損ないは終身刑を食らう

 落伍者に成り果てた者にしか、穀潰しと罵られた者にしか、心得ることの出来ない底辺生活というものがこの世には存在する。

 この僕も奈落を舐める人間の一人だった。犬も食わない動く人肉であった。

 5年前の僕は……。

 高卒無職だった。借金まみれだった。働けなかった。
 隣人は半グレだった。夜中に怒声が響いた。壁に穴が空いた。
 星が綺麗だったある日、警察官がやってきて、なぜか動かない隣人にブルーシートを掛けていた。静寂が駆け抜けていくようだった。

 時を同じくして、とある会社の重役であった父親は、何の前触れもなく現れた経営者の親族に追い込みを掛けられ、一時的に休職するはめになった。
 仕送りが停止した。僕は頭を抱えた。

 愚かな自分と、後悔と、苦痛と、無気力と、寂寞感と、やるせなさと、それから絶望だけが残った。

 全てが白紙と化した。頭が真っ白になった。

 絶望牢獄に閉じ込められた。終身刑の判決が下された。

 もう、人生……終わった、と悟った。

精神的に極限の中において、書くことだけが現実逃避の手段であった

 僕自身が、気狂いの時間線を辿ってきて思い知ったことは、社会的ステータスが過度に低い人間は狂っているということだ。

 本当に将来がお先真っ暗な状態になると人は、極端にしか生きることが出来なくなる。
 己の内にある精神世界が、中道を粉微塵にしてしまうからだ。

 全ての者には普遍的な感情というものがあり、ある一定のラインを下回った暮らしをすると、かなりの確率で頭のネジが腐れ散る
 そしてそこまで深刻な状態に陥る者は少数派であるがゆえ、常人には理解されない=狂人と見做される、といった図式が成立し始める。

 ここまで来ると、疎外感がみるみる膨らみ、“安全な暮らし”という最低限の欲求が阻害されているも同じ心持ちで生きなくてはならなくなってしまう。

 自然と牙が尖り、爪が鋭さを増し、直情的なまでに社会を敵視するようになる。

 その攻撃性は、外部か内部か――つまりは己に向かうか、他者に向かうか、はたまた総崩れを志して諸刃で切りつけるか、のいずれかが自然選択される。

 結果。
 訳も分からず借金をすることを辞められなくなり、深い理由もなしにあらゆる概念を恨みはじめ、「自分が最底辺の状況にいるからこそ、他人が羨むようなとてつもない成功を掴まなければ生きている意味などありはしない!」と逸脱した思考をするようになる。
 もちろんそんな夢は、そうそう語ることは出来やしない。
 であるから猛烈なる本性を隠して、窒息しそうになりながら暮らし続けることになる。

 そうやって人は我慢を続けると自律神経に異常が生じて、疲れやすくなり、ますます無気力で無能な敗残者としての道を極め抜こうとしてしまう。
 生き様のバランスが崩壊してしまえば、それに伴って脳も正常に働かなくなるために、一企業における庶務業務すらやっとになり、出世どころか、明日の出勤すら望めなくなる。
 このような絶望の連鎖、不運のループが延々と続き、気付けば歳だけ重なりゆく。
 そんな自分に焦れば焦るほど、ますます心はどす黒く濁りを増し、果ては無重力空間にいるかのごとく、自分を一切制御出来なくなってしまう。

 世の中は残酷であり、その残酷さは大衆が予想しているよりもずっとずっと、破壊的に強烈なのである。
 それに加えて残念なことに、僕たち人間なんてものは、いくら傷付いたところで、強くなることもなければ優しくなることもない。
 鬼のように、自己中心的(自我から目が離せない)になるだけだ。

 そうした流れでもって僕は、嗜虐的で被虐的な熱意を宿し、無目的に書き続けてしまった。

 本来の自分とは、別物の、妖怪じみた書き手に成り下がっていた。
 考え過ぎたんだ
 思考という危険概念の取り扱いを誤り、自ずから闇へと没入していった。
 考え過ぎたんだ
 虚勢を張りに張って、視界が真っ暗になるほど張り巡らすという過ちによって、自ずから光を遠ざけていった。
 考え過ぎたんだ

だからこそ僕は、知能ではなく本能で命を全うしたい

 書くより読み、作るより破壊、努力よりサボり
 食う寝る買う、この三つ巴の生き様のみで幸福度は100%まで上昇する

 どうして僕は、そんな簡単な理屈に気付かなかったんだろう

 なんであんなにも見栄を張って、鋭利な鉛筆を掲げて叫び踊っていたのか。
 思考の末に憂鬱を呼び込んで不幸と戯れるなど、とんだ不合理だ。

 1+1が2でも3でも4でも5でもなんだって良い。
 真の幸福はあらゆるロジックを凌駕するんだ。
 僕は血反吐を吐くほどに、心臓が笑うほどに――そう悟り尽くした。

 結論。
 社内ニート最強。

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ピピピピピによる雑記・報告

 今回は一言の休止報告もなく、3ヶ月以上、ブログやツイッターの更新を止めたため、尋常ではない数の心配や応援のメッセージ(Gmail・ツイッターDM・LINEメール)が届きに届いた。

 ただただ感謝(๑¯Δ¯๑)/

 まだ一通も返信を返していない。さすがに今回は数が多いから遅くなるかも知れないけれど、ひとつひとつ、丁寧に返していきたいなと思う。

 めちゃくちゃに感謝(๑¯Δ¯๑)/

 ありがとうございますぅぅぅぅっっっっっっ!!!!!

 休止理由としては、以前から機会を見つけて、3ヶ月ほどSNSを遮断する実験をしようと考えていた。

 体感的にそこそこ長い期間を休んで思ったのは、何一つ不自由はないどころか、無駄な自問自答や感情エネルギーの浪費が減少したことで、現実空間を生きる僕の健康レベルがみるみる高まっていった。
 この辺は別な記事で詳しく書くつもりだから、今の時点で深掘りはしないが、ひとまずの結論として、SNSはドブの沼にも等しいなということが分かった。

 でもみんな優しかった。世の中、捨てたもんじゃないと思った!

 これからまた、ブログ記事もばんばん書きたい!

ゲーム実況(生放送)もがんがんやり始めた

com.nicovideo.jp

 今はニコニコ生放送でしか配信していないけれど、そのうちYOUTUBEと同時放送をして行くつもり。

www.youtube.com

 全く宣伝してなかったのに、ちょこちょこブログ読者が観に来てくれた。


ニコ生でゲーム実況中に、ブログ読者が観に来てくれた!

 やったー、と思った(๑¯Δ¯๑)/