ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

底辺フリーライターは、時給換算100円の仕事しかなくとも跪いて感謝するべき

「時給にすると96円 安すぎる 安すぎますね」

 先日、『クローズアップ現代+ 急増中!ネット・ワーカーの実態に迫る』というテレビ番組の中で、40代の女性ライターが上記のセリフを口にしていた。

 具体的には、「1200字程度の記事執筆 報酬600円」の仕事を請け負ったが、調べ物に5時間掛かり、仲介料で120円がマイナスされるため、結果的に時給換算96円しか貰えなかったという話である。

 これって要は、仕事の遅いスキル不足な人が、「自宅で出来るクリエイティブな仕事! 楽ちんお小遣い稼ぎ!」という甘い匂いに釣られたかと思えば、気付けば不味い飯を食っている流れな訳だ。

 言わば自業自得であり、かわいそうでも何でもない。

安いと思うなら即刻辞め、外に出てバイトをしよう

 本来、取るに足りない人々は、創造的な価値を提供出来ないため、企業に属して単純作業に精を出すのが常道であったはずなのだけれど、ネットが普及したことによって、凡人が甘えを発揮するようになってしまった。

 そうして僕も含めた有象無象は、楽な仕事へと流れてゆく。

「みんながやりたがる仕事」という蜘蛛の糸に、無能力者が一斉に縋り付くことによって、希望はぷっつりと切断され、人間雪崩が発生し、みんなで仲良く底辺へ墜落。

 しかしながら、転落者に同情する必要などまるでない。

 なぜなれば、フリーライターという芸能活動にも似た、弱肉強食の世界からはいつでも抜け出せるからだ。
 コンビニ、スーパー、居酒屋、工場など、今すぐにでも働ける場所は無数に存在する。
 その事実を無視し、これから先ますます貧乏になり、「単価が低過ぎる。ふざけるな。書き手を舐めるな。生活が出来ない。どうしてくれよう」という気持ちになったとしても、それはあなたたちの選択が悪かったせいであり、誰のせいでもない。

底辺ライターがどれだけ薄給に苦しんでいようと、放っておけば良い

「生活が苦しい」が題目になっていると、あたかもライターたちが搾取されていたり、逃げられない絶望の中にいたりするような印象を持ちやすい訳だが、実態はまるで違う。

「外で働きたくない!」「文章で稼ぎたい!」「いつかはライター・ヒエラルキーの頂点に!」

 己を見ず夢を見る、アイドル志望のブスに近い。否、勘違いブス以下である。

 僕が東京に住んでいた頃、そうした芸能界進出を目指すブスに遭遇したのだが、彼女たちはしっかりと下積み時代を生きていた。
 実力不足であれば売れない、金は稼げないということを理解していた。

 対照的に底辺ライターの中には、ろくに修行もしていないのに、「高い報酬を寄越せ」と息巻いている者が数多くいる。
 リスクを負わずに金をがめようとしているのだ。

 実力主義という概念を忘れて、不平不満だけを叫ぶのは厚かましい。
 こういうことを書くと、「公平に勝負出来ない環境になっている。使い捨てが酷くて、評価などしてくれない」という人も出て来る訳だが、それは負け犬の発想だ。

 評価して貰うのではなく、評価させるという能動的なスキルを磨けば良い。

 僕が昔働いていた営業会社などでもそうだが、「どの地域を回るか」「どのリストを手に入れるか」で成績がまったく変わってくるため、勝ち上がるためには、上司に取り入るスキルも必須だった。

 ライバルが腐るほどいる場所だと、通常のやり方だけでは、頭一つ抜けられるはずがない。

 ましてやライターという、「誰でも出来て、誰もがやりたがる仕事」となれば、一企業での勝負とは比較にならないほど、熾烈な争いがそこにあるわけだ。

 稼げないのは負けているせい。稼げないのは能力がないせい。稼げないのは自分のせい。

 こうした冷たい真実に耐えられないならば、履歴書を書いてバイトの面接に行こう。

 フリーライターは、芸能人と変わらない。
 負けたら去るのみ。

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