ピピピピピの爽やかな日記帳

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ピピピピピの爽やかな日記帳

親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

ピピピピピの爽やかな日記帳

本は買うより立ち読み又は借りて読むのが良い レビューサイトを駆使する0円読書術

 時折、「本は新品で買うべきだ。作家や編集者の熱き魂に敬意を払え。彼らが命をすり減らして白紙に一球入魂するからこそ、我々は読書体験が出来るのだ。身銭を切れ。古書店を利用するな! クリエイターを軽視するな! 立ち読みなど言語道断!」とヘイト塗れの説教をする人が現れる。

「出版業界を衰退させてたまるものか!」という正義感が迸っている訳だが、それはそちら側の問題であって、消費者が気に留めるべき事柄ではない

0円で情報収集すれば貯金が貯まり、心に余裕が生まれて幸福度が上昇する

 今の余裕なきご時世において、遠くの書き手にお布施する意味で、新刊・新品ばかり買える人は限られてくる。

 中には、「貴重な情報がたった1500円!」という触れ込みで殴り込みを掛けてくる者も登場する訳だが、親友から借りパクすれば無料であるし、浮いたお金を貯金出来るため、心も豊かになりやすい。

 やり手高収入のリーマンはともかくとして、低収入の男女が、本の新品買いを習慣化してしまうと、ますます貧しくなる
 そうして金銭的な恐怖のせいで情緒不安定になり、自発的な絶命行動を取ってしまうかもしれない。

 これは極端な話なんかではなく、奨学金に苦しんでいたり、年収200万円以下の男女が至る所に転がっていたりする社会なのだから、ちょっとしたことが引き金で地獄にログインしてしまい兼ねない。

 大事なのは、書籍ではなく命だ。命あっての物種。

レビューサイトで要点を学び、本屋で立ち読みすれば事足りる

 極まった情報時代だから、たとえばグーグルで、「ランチェスター戦略 レビュー」などと検索すれば、本書についてのまとめや、引用文が載った書評サイトがごろごろと見つかる。

 片端からタブで開き、拾い読みし、深掘りしたい部分があればスマホにメモしておく。
 それから書店に足を運び、気になる章だけ深く立ち読みして、満足したら帰宅。
 学者でもない僕ら一般人は、この繰り返しだけで十分に役立つ知識や語彙を増やせる。

 一見、悪徳な行為をしているように思われるかもしれないが、今は喫茶店とセットになっていて、未購入の商品を数冊持ち込んでコーヒーが飲めたり、いくら立ち読みしても許されたりする大型書店が増えている。

 選ぶ人の邪魔にならないよう気を遣いさえすれば、誰に咎められることもなく、無料もしくは飲食代のみで、何時間も涼しい気分で楽しむことが可能だ。

 こうやってけちけち生きることで、特殊技能を得るための学校に入学したり、長く使用する高価な実用書を手に入れたりするための、資金を確保出来る。

 どこまでも己に好都合。一石二鳥だ。

欲しい本の99%は古本で買えば良い

 語り継がれる名作、100万部以上売れた人気作、知る人ぞ知る良作なんかでも、アマゾンのマーケットプレイスでは1円で販売されていることもあり、配送料が257円掛かりはするが、それでも合計して258円で手に入れられる。

 新品一冊買うお金で、5冊以上買えたりする訳だ。

 ラノベの新人賞受賞作品なんかにしても、1年あれば1円で販売されるようになることが多い。
 本屋で立ち読みして、よっぽど応援したくなる文体でない限りは、1年後に購入した方が得である。

 どうでも良い作者には1円も金を流さないという、血も涙もない読書習慣。

 その代わりに、自分の大好きな作家の作品は、全て新品で買う。

 単なる消費者の身としては、こうしたメリハリがあった方が楽しい。

 僕の場合だと、『葉桜の季節に君を想うということ』の歌野晶午、『虚ろまんてぃっく』の吉村萬壱、『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」として拉致られた件』の七月隆文など、心底好きな作家の作品は全て、数ミリの傷も見当たらない美的な新品を選んで購入している。

 無駄なところに金を流し込まないからこそ、必要なものを手に入れられる。

 大事なのは出版業界の事情ではなく、自分の事情だ。

作家が食えない状況によって、読者が損をすることはない

 むしろ、金じゃない何かに突き動かされる作家が増えれば、どろどろした熱情を含有する作品が生まれやすくなり、得をする可能性すらある。

 以前、『研究者「お笑い芸人は統合失調と双極性障害(躁うつ病)の特徴を持つ傾向が高い」 | ガジェット通信』という研究がオックスフォード大学で行われ、『ギャグを生み出すのに必要な創造性は、統合失調や双極性障害の認知スタイルとよく似ている』という結果が出た訳だが、これは小説家にも通ずると思われる。

 太宰治や三島由紀夫など、特に純文学の作家は精神錯乱者という印象が、昔から強い。
 それとは対極の世界観を描き出すラノベ作家たちも、「早く消えたい」といった陰鬱なツイートをしていることが度々ある。

 軽度であれ重度であれ、そうした憂鬱な日々を生き、「いつか売れるかもしれないし、一生貧乏かもしれない」という、希望と不安の境にいるからこそ、全てを投げ打って渾身の一作を誕生させられるのかもしれない。

 そのため、彼ら作家が貧窮し、不幸せになってくれることは、読者にとって大変に有り難いことでもある。

 僕たち読者は、作家の幸せな笑顔が見たいのではなく、心を打つ衝撃的な文章を読みたいのだ。

 ゆえに、不健康になろうと不幸せになろうと知ったこっちゃない。
 これは非道得な話でもなんでもなく、「作家」という茨の道を選んだ本人のせいなのだから、絶望しようと、食えなくなろうと、この世から消えようと、どうでも良いことである。

 自己中心的な読書はなにより楽しい。

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