ピピピピピの爽やかな日記帳

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親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

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【不幸論】学歴も職歴もないブサイク無職30歳以上が、企業に就職するメリットってあるの?【底辺社畜】

学歴なし、職歴なし、ブサイク無職30歳以上の絶望について

 中小零細企業に入り込み、長時間労働、残業必至、満員電車地獄、多忙ゆえに一生彼女なし、奇跡的に結婚出来てもお相手は幸薄き売れ残り捻くれおばさん、弱者男性としての劣等感悪化、無気力からの精神破壊、人生絶望濃度の飛躍的上昇、持たぬ者の虚しき幕切れ、素敵な輪廻転生待ち、亡き後も地球は回る

 幸せなのか? 幸せなのか? 幸せなのか?

 煽りでも、からかいでもなく、本当に聞きたい。

 幸せなのか? 幸せなのか? 幸せなのか?

 底辺と揶揄されがちなニコ生の配信者なんかは、己のプライバシー全てを曝け出して、見返りに金銭援助をして貰ったり、かわいいリスナーと付き合ったりしている。
 僕が面白いと思っている生主のひとりに、野田草履(ブサイク生主コンテスト3位)という無職メンヘラがいるのだが、彼はずっと白い目を向けられながらも、配信活動を継続し続けた。
 その結果、それだけで食い扶持を稼げるようになり、選挙応援の演説中に「ニコ生を始めて経験人数が14人!」と語るレベルまでのし上がった。
 おそらく野田草履が、普通の社会人生活を送っていたら、何も残らなかったと思う。

 野田草履の顔を見ながら聞いて欲しい。

 学歴なし、職歴なし、ブサイク無職30歳以上で、就職しようと思っている方々。

 本当にその選択を取って、幸せになれるのか?

 もちろんこれは問い掛けであって、強制でもなんでもない。
 しかし、幸せなのか? 幸せなのか? 幸せなのか? という疑念はナチュラルに迸る。

 今テーマは、本当に考えるべき話題だと思っているのだが、劣等感の連鎖から抜け出せないブサイクな状況で、幸せに生きて行ける人はどれだけいるのだろうか?
 他人と比べずに、自分なりの人生を生きるという、世間からの無言圧力に負けないメンタリティを保てる人が、一体どれだけいるのだろうか?

世界一、劣等感を抱きやすいことが証明されている日本人

 ただでさえ日本は、2017年に国連が発表した世界幸福度ランキングで、155カ国中51位であり、これはG7(先進7カ国)の中で最下位である。

www.huffingtonpost.jp

 それに加えて、脳科学者の中野信子氏によると、日本人は『世界一、不安になりやすい民族』とのことだ。

脳内には「セロトニン」という神経伝達物質があって、これが十分にあると、安心感を覚え、やる気も出ます。このセロトニンの量を調節しているのが、セロトニントランスポーターというたんぱく質
~中略~
編集部:日本人にも、セロトニントランスポーターの数が多い人はいるのですか。中野:はい。3%くらいはいます。残り97%は不安になりやすい

中野信子氏「日本人は、脳科学的に英語が下手」 (2ページ目):日経ビジネスオンライン

 

日本人の大半は先天的にメンヘラ

 メランコリックに溢れた日本ゆえ、僕たちの大半はビクビクし、ネガティブな感情の表出を常態化させて生きている。

 横道にそれた話にはなるが、良くネットで勃発する、『メンヘラ叩き』というものがある訳だが、これは日本人の不安気質を考慮すると、一概に非道な行為と言えなくなってくる。
 なぜならば、僕たちは生まれつき、メンヘラの傾向を持って人生をスタートするからだ。
 精神不安定が起こしている、攻撃衝動。余裕のなさが生む、足の引っ張り合い

 そのため、挫折の直後から連続して精神科に通えば、誰であれ高確率で精神病の認定をされる可能性が極めて高い。
 それほど僕たちは、過度に精神の弱い民族なのだ。

劣等感の強い者の自己対話=自傷行為 現実逃避のみが救い

 社会情勢から情緒まで包括的に考えた結果、『劣等感に抗う』だの、『短所を武器にする』だの、『当たり前の幸せに気付く』だの、そうした屈強な気持ちで、地に足の付いた人生を送れる人は、上位数パーセントの感情的な勝ち組だけなのではないだろうか。

 きちっと幼少期から勉学に励み、進学校、一流大学、大企業という、絵に描いたようなファーストクラスの歩み方をしてきた人でさえ、ひょんなことから自尊心を失い、深く絶望し、瞬く間に崩れ落ちてゆくことがある。
 優越感に浸れる状況にいても、不安がその全てを凌駕してしまい、人生を破壊するなんて事例は数えると切りがないくらい存在する。

 ではブサイクはどうなのか? ブスはどうなのか? ハゲはどうなのか? チビはどうなのか? 30歳無職はどうなのか? 学歴職歴なしはどうなのか? 非モテはどうなのか? コミュ障はどうなのか?
 
上記のような、一般的に負の要素として扱われる項目が複数該当した人は、人並みの幸福、快楽を享受する難易度が異常に高いと思われる。
 であるから、ゲームやアニメ、アイドルやギャンブル、ブログやツイッター、といった具合に、実物の自分を一時的に忘却可能な『現実逃避』に没頭して、己そのものから逃げるように生きて行く訳だ。

 僕も含めた多くの敗者たちは、自分を失念して狂ったように生きることが、最大の健康法であり、ストレス解消法であり、喜びであり、幸せである。

『今この瞬間の自分』を確認する度に、不健康になる国民性

 現状の世の中は、ドロップアウトパンデミックが盛んであり、人生のレールから外れる人が後を絶たない。
 彼らは、『今この瞬間の自分』をなんとか忘れようとして、途方もない夢を語ったり、ネットにおける別人格がメインの生活を送ったり、本来のアイデンティティを捨てたように生活したりすることが多い。

 それはどうしてか、ありのままの自分を見つめると絶命してしまうから。

 心の奥底に封印していた劣等感――悲劇、屈辱、恥辱が、化けの皮をまとわずに、ドストレートに脳髄を刺しに来るためである。
 このように自己との対話は、自傷行為の一種になってしまうこともありえるのだ。
 自身の感傷的な言葉により、人体が切り刻まれ、真っ赤な化粧水に濡れる肉片が踊り狂ってしまう。

「頑張れよ」「しっかりしろよ」の言葉で、未来が暗い者は絶命する

「良い大人なんだから少しは考えなよ」「社会人だろ? 自分を見つめ直せよ」という批判や助言は、物凄まじい暴力性を秘めていることもあるから、使い方を間違うと、人間を消去してしまうリスクがある。
 それゆえ、学歴も職歴もない30歳を超えたブサイク無職に、「いい加減、就職しろよ。社会保険にちゃんと加入しろよ。恥ずかしいぞ」という殺傷力の高いエール紛いの言葉を投げつけるのは、危険極まりない。

日本人が語る『幸せな人生』には、説得力がまるでない

 幸福度が低い、不安を感じやすい、自主的絶命率も高い国の国民が、「幸せ」を分かったように語っているのは、片腹痛い。

なんの説得力もない

 憔悴仕切った顔で働いている善良な社畜とか、ネットで荒らすことによって心を整えている匿名ニキとか、高学歴高収入でありながら必死にマウンティングしているメガネ系インテリとか、そういう滑稽な人だらけのこの国。

金持ち=幸せじゃない! モテる=幸せじゃない! 芸能人=幸せじゃない! 自分なりの幸せを見つけた人が幸せなんだ!
 と口走る人が、実は大して幸せじゃなく、自分にそう言い聞かせることでなんとか生き延びていることが多い。

 人間界における幸福は、「当たり前の日々に感謝出来るようになることで得られるのです」という大人が多いけれど、説得力が皆無だ。

 この地上では、大勢の人間が不幸になり、そこから目を瞑るために、持たぬ者として幸せになる方法を遮二無二、模索して、逃げ切るように生きて行く。

 妥協の末に結婚した女を、唯一無二の美女と自己暗示し、低収入の現状に対して、「人生はお金じゃないからね。フリーコンテンツが量産されている社会だし、好都合だ」ということで必死に笑って、僕たちは虚言を弄するから、すんでの所で狂わずに済んでいる

そんな日頃の嘘八百が、嫉妬感情――ルサンチマンという形で現れる

 それが芸能人バッシング、ポジショントークを正論にすり替えたマウンティング行為、一度の過失で首を切るかのような断罪、に繋がっている。

 劣等感の強い僕たち日本人は、優越感を抱かなくては幸せになりにくいのだ。

持たぬ者は大体不幸の原則

 そんな残酷セオリーを意識しつつ、何か一つでも他者より優れた者を獲得することに念頭を置いて、生きて行くのが重要だ。
 ここでいう「何か」は、端から見れば馬鹿にされる類いのものでも構わない。
 親のすねをかじれる権利力、優雅に引きこもれる実家力、女だけは困らないナンパ力、記事を書くだけで生計を立てられるブログ力
 これらのようになんだってアリなのだが、とある一点については他者より随分と得をしているという感覚を持つというのが、日本人が幸福になる上で絶対に必須

 何もなければ、無残にも不幸な一生を遂げる確率が99.9%である。

 人間生命は尊い。しかし、その尊さが幸福に繋がるとは限らない。
 大人たちは口を閉じているが、簡単には覆らない事実。
 これがこの社会の紛うことなき真実なのだ。

 あなたは幸せですか?

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雑記・読んだ中で参考になった書籍

新平等社会―「希望格差」を超えて (文春文庫)

新平等社会―「希望格差」を超えて (文春文庫)

 

「女性が選ぶ時代になった』というのはまったくのウソで、経済的側面から見る限り、多くの女性は、一定以上の収入を稼ぐ少数の男性から「選ばれる」立場になっている。だから、最近、「占い」がはやり、エステに通う女性が増えたのである。
その裏には、女性の選択の対象にさえならない低収入男性が多数残されているのだが。

 こう書いてあるように、世の中の弱者男性は、神の捨て子と名付けたくなるような悲惨な風に吹かれている。

 貧乏暇なしというように、ブサイク無職30歳以上が、中小企業になんとか食い込んでせっせと働いても、経験や実績がない上に、それまでに孤独の中で生きてきたゆえ自己内省をし過ぎている可能性が高いから、「怖がり」になってしまっている可能性が高く、若い者と比べるとやはり行動力や忍耐力の面で劣りやすい。

 結果、万年平社員かつ多忙という、無気力を発症しやすい深刻な問題が勃発してしまうことも多い。
 これを覆せるほどの信念を植え付けてくれる、よっぽど社員想いの経営者が運営する会社に入社出来なければ、また無職に舞い戻り、以前よりも劣等感を強化してしまいがちだ。
 当然こうなれば、女性からも一切相手にされない。

 弱者男性を作るのは、これほどに簡単なのだ。

論争 格差社会 (文春新書)

論争 格差社会 (文春新書)

 

 「意欲の壁」という絶壁
格差社会が、予想に反して、「勝ち組」へのルサンチマンを生み出しにくいのは、そもそも「勝ち組」こそが純粋に観察の対象でしかないためだ。
巷には「どうすれば勝ち組になれるのか」について書かれた書物があふれている。つまり「勝つための手順」はすべてわかっている。問題は、格差の壁が現実には流動的であり、勝つための方法論も分かっているからこそ、格差がいっそう絶対化されるという逆説にあるのだ。

 これは本当にその通りで、ブサイク無職30歳以上が人並みの生活を手に入れる表面的な方法は、無限と言えるくらいに増え続けている。

 なぜ彼が無職であり続けてしまうのか? 心の在り方はどうなっている? という視点で見てあげることなど、一般的な人はほとんどしない。
 そのため、世間の人々は即時に「働けば? 働けば無職じゃないじゃん」「ハロワ、ハロワ!」「さっさとバイトしろよ」「ブサイクがイケメンな夢語ってんじゃねぇよ」などとズバズバ捲し立てる訳だが、実際問題、本人が無職に至り、その状況を継続した理由には、絶対に表に出したくない気持ちというものがあるはずだ。

 二の足を踏んで、正社員にいつまでもなれない。
 心でごろつき、アルバイトすら出来ない。

 その理由は、人様に到底話せない恥ずかしい部分が大半な訳で、それらは世間の人が「働け」という際には、基本的に考慮されない。
 こう書いている僕も、はっきし断言すると、赤の他人が無職で苦しんでいようと、「頑張れば?」の一言しか出す気にはならない。
 こうした、アドバイスや批判の単純化と、ブサイク無職30歳以上が人並みの生活を送れる方法の見える化によって、彼らは徹底的に追い込まれる。

 焦りに震え、不安に迫られ、恐怖に包まれ、絶望に潰される

 これこそが、「分かっちゃいるけれど抜け出せない」という地獄。