ピピピピピの爽やかな日記帳

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親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

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うつ病が完治する薬が発売されると患者の迷惑になる可能性がある説

現在の社会情勢では、うつ病が完治する薬の登場は迷惑?

 一度ドロップアウトしてしまった精神病患者に対して、「うつ病が完治する薬」を処方するのは、ある意味、丸腰のまま戦場へ向かわせるようなものだ。

 何も持たぬ者として、とことん不利な戦いを迫られることになる。

 無論、うつ病を発症していなくとも、不遇な人生を送っている者はいくらでも存在する。

先進国30カ国中、貧困率が4番目に高い日本
OECD加盟国の相対的貧困率のグラフを見ると、日本が先進国のなかでも「相対的貧困率」が高い国であることがわかります。

相対的貧困率とは何か:6人に1人が貧困ラインを下回る日本の現状(小林泰士) : BIG ISSUE ONLINE

「相対的貧困」は、ときに「絶対的貧困」と同レベルのダメージを人に与えます。
「周りのみんなにとっては当たり前の生活が自分だけ享受できない」という状態は、子どもたちに破壊的なダメージを与えます。

「日本に貧困の子どもなんて本当にいるのか?」と思っているアナタにまず知って欲しいこと-相対的貧困と絶対的貧困という2つの定義 / ひみつ基地

「うつ病の完治=幸せ」という単純な話ではない

 時折ツイッターなんかで、「今日はとても調子が良かった。メンヘラじゃない普通の人たちは、毎日こんな気分で生きているんだよね? なんて羨ましい」といった発言を見掛けるのだが、これは誤った考えだ。

 うつ病を発症していない者でも――全ての人々に気分的なバイオリズムが存在するため、世界の覇者になったかのごとく有頂天なこともあれば、外に一歩も出られないほど絶望に打ちひしがれることもある。

 それゆえ、うつ病の完治が幸せに直結するとは限らない。

「うつ病の完治=不幸せ」になることもなきにしもあらず

 なぜなれば、自分の人生に対する『期待外れ』を体感してしまうからだ。

うつ病さえ完治すればなんだって出来る。仕事も趣味も恋愛も全部思いのまま!」といった風に、半ばお祈りするように生きている人がいる。

 これは呪術的な思考といい、うつ病が完治→何でも出来るようになる→結果を出せる→幸せになれるといった流れで、論理的な正当性のない飛躍した願望を持ってしまうようなことをいう。

 冷酷無残に事実を記するならば、付加価値を持たせる仕事が出来なければ出世は望めなく、人間的魅力がなければ結婚は難しく、忍耐力が欠如していればまともな社会人と見做されにくい訳だ。

地球そのものがうつ病である事実

 ここまで書いてきたことから導ける結論としては、うつ病の症状によって持ちうる有能さを抑え込まれていた人であれば、「うつ病が完治する薬」によって最上の人生を手にしやすくなるが、そうでない力なき人々は辛い現実に直面しやすいということである。
 そのため、精神病全般を心の問題どころではなく、「地球そのものがうつ病」くらいの認識を強め、国家的な社会変革を起こさないと、「完治する薬」=「不幸せになる薬」になってしまいかねない。

 しかしながら、我が国にはそのようなプロジェクトを進める余裕などないことは疑いようのない事実であり、『理不尽な風に吹かれる我慢の人生もまた一興』といった具合に、開き直るしかないだろう。

 これは個人レベルではなく構造上の問題であるから、手の施しようがない。
 ひいては、弱者から目を背けるのが常態化する。

 非道徳的な惨状だけれども、窮地を訴えたところで事態は一変しないのだから、各人が自己本位に生きるのもやむを得ない。

 歪みの完成した社会では、魔法薬も毒薬となるのだ。

雑記・人は病むとクリエイティブな仕事に携わりたくなる?

病んだ人々、大体フリーライターになりたい説

 狭い世界の話で申し訳ないが、はてなブログやツイッター、それから仕事関係の空間における観察結果として、病んでいる人ほどフリーライターや小説家など、己の創造性をフルに駆使する仕事をしたがるなと痛感することがある。

 理由として思いつくのは、病むことで自己内省の機会が増え、物事をこねくり回して考えるようになるため、それに伴い、そういう気質を仕事でも活かしたくなるから、といったところだ。

 もちろんタマゴが先かニワトリが先か――思考過多によって病んだ、病んだから思考過多になったかは人それぞれである。
 だが、経験観測的にはドロップアウトしてしまった者ほど、単調な作業に満足出来なくなり、創造性を用いる複雑な仕事をやりがたるものである。
 この辺も独断の憶測になりはするが、なぜそうなるのか大体分かるから書いておく。

 人は病むと自我が肥大化して、自己に意識が集中してしまいがちになり、必要以上のことを考え過ぎるようになる
 ゆえに、たとえば野菜のパック詰め作業、数字の打ち込み作業など、上の空でもやり続けられる仕事をしていると、「こんな人生で良いのかな……」「自分の力を最大限活用したい」「このままじゃダメだ」に類する言葉が、胸の内で噴火してしまう。
 すると、自分じゃなくても出来る仕事に耐えられなくなる

 これはたまたまかもしれないが、メンヘラ女子の99%は書くことで稼ぐことを夢見ている可能性すらある
 というのも、以前僕はホストクラブでレギュラー出勤していたり、キャッチやナンパに心酔していた時期があるから、そういったタイプの病んだ女子を数え切れないくらいに発見した。
 そこで驚いたのは、病んでいる子は必ずといっていいほど、ライティング関係の仕事や趣味を追い求めているということだ。

 ただこれにしても、単に女子にはそういう傾向があるというだけのオチかもしれない。

病んだ人々に残された創造性のある仕事は、物書きのみという説

 一度ドロップアウトした人間にとってのクリエイティブな仕事は、物書きくらいしか残されちゃいない現実

 大ベテラン作家・村上龍も下記のように主張している。

作家は人に残された最後の職業で、本当になろうと思えばいつでもなれるので、とりあえず今はほかのことに目を向けたほうがいいですよ

 この言葉を敷衍すれば、あらゆる物書き業に適用可能だろう。
 最後の受け皿ゆえに、社会のレールから外れたメンヘラたちが群がるのは当然の帰結。

 そして最近は、病んでいない者たちの間でも、「ただ働くだけの人生では嫌だ」いうことでポジティブな想いで非正規になる人が増えている(参考・不本意な非正規、20年度10%以下に 厚労省目標 :日本経済新聞)。

 つまるところ、自由な時間を生じさせて、ブログ記事なり小説作品なりを執筆して、自分のアイデア(思想・妄想・空想)を売って生活したいと本気で考える者が多いのだ。

 大した職歴も知識も技能もなければ、物書きに落ち着くのがお決まりのパターンである。

 そんな訳で、今やクリエイティブな仕事というのは、どんなに門戸が広い分野だとしても、入り口で希望者がぎゅうぎゅう詰めになっているから、簡単には入れなくなってしまっている。

 その現実を直視して考えると、ドロップアウト+スキルなし+メンヘラ状態の人は、悟りを開いて生きる他ないのかもしれない。

 彼ら彼女らにとっては救いがなくなった世界といえるから、躊躇いなく生活保護を申請して、徹底的に堕落して生きるのもありだろう。
 休みながら物を書いたりして、一発逆転の夢を見ながら脳天気に生きるのが最善なのではないか。

 日本の時代精神が狂うところまで狂ってしまったから、その狂いに生じてなんでもやらかしてやろうという意気込みを持つのが大切だ。

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