ピピピピピの爽やかな日記帳

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親の経営コンサル会社で働く20代後半、社内ニートの話

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道路破壊系YouTuber!迷惑行為発生!ブラックラファエル Mr.Ken!

道路破壊系YouTuber登場!楽しそうな迷惑行為!

現在問題になっていることについて

10000枚のカード(デュエマ)を橋の上からばらまき
・クリアボックスを落とした際に、電灯に直撃
・ゲーム機本体(新品のPS3・DS・Wii)をアスファルトに叩きつける。
 階段の頂上や橋の上から投げ落としている。
・通行人のおばさんから注意を受ける

道路破壊の瞬間を捉えた迷惑動画まとめ

www.youtube.com

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視聴者の反応は!?

・通報しよう不快になる
・仮にやらせだとしても気持ちが悪い
・やりすぎた面白さはただの迷惑
・限度ってもんがないのかよネタだからって何でもできると思うなよ
・なんでもネタで済まされる世の中になってしまったな
・調子乗り過ぎじゃない?
・ぶつかったやつこわれてたら器物破損だよねw
・思いついた事すぐしたくなる年頃なのかも知れないけど、良く考えてから行動しようね

ブラックラファエル Mr.Kenとはどんな人物!?

 YouTubeチャンネルを二つ持っている。

『Gameplay Mr.Ken-Troll』『ブラックラファエル Mr.Ken』
 前者では主にマイクラなどのゲーム実況、後者では実写系――具体的には「一般人に対するドッキリ」「弟にイタズラ」「物を破壊」などのいわゆる迷惑系に該当する動画を投稿している。

 現時点(4/28)におけるチャンネル登録者数は合計14万5400人であり、中々の地位にいるYouTuberということが判明した。

 ゲーム実況動画を複数確認してみた結果、兄弟の仲がすこぶる良さそうである。

個人的な感想!未成熟な道徳観+配信環境=超怖い!

 

正直嫌いじゃない

 僕自身が、偏差値の低過ぎる中学や高校に通っていたせいかもしれないが、ある程度の面白さを感じてしまった
 もちろん善悪の評価基準を持ち込むと、褒められた動画でないことくらい百も承知だ。

 しかしながら、大人になればなるほど我慢を強いられる機会が増えるため、そこで蓄積されるむしゃくしゃ(ストレス)を、大暴れすることで解消したくなってくる。
 この僕も、急に街中で奇声を上げたり、高額モニタを持ち上げて叩きつけたり、部屋の扉を粉々に粉砕したりしたいという願望を常々持っている。
 たまには気を狂わせて、常軌を逸した行動を連発したくなってくるのだ。

 だからといって、そんな願いを実現しようとすると職を失ったり、近所のジジババに白い目を向けられたりと、最悪の結末を迎えることになりかねない。
 このようなリスクについて勘案してしまうために、善良な大人ぶって生きる必要がある訳だ。
 であるからこそ、ブラックラファエルことMr.Kenのように、全身全霊でふざけまくっている人を面白いと思ってしまうのである。

 要するに、カタルシス(精神の浄化)が得られるという訳だ。

若気の至りを発揮する時期に、配信環境が整っている怖さ

 よくよく考えると僕も、20歳くらいまでは怒られることをあえてやる喜びを感じて生きてきた。
 後ろめたいことから誕生する快楽みたいなものがあって、自分を止めることなど出来なかったのだ。
 そう考えると、あの時代にスマートフォンを所有していたら、まず間違いなくバカッター展開を引き起こしていたと思われる。

「別にそれくらい良いでしょ?」思考を持ちたい

 僕は、神経質な世界から抜け出したキャラクターが大好きである。

 こういうことを口にしてしまうと、常識の欠落した大人認定されるかもしれないけれど、外で叫び散らしている人、朝から晩まで殴り合っている人、道頓堀に飛び込む人などなどが、心底好きである。

 どうせ最後はこの地上から去らなくちゃならないんだから、派手に暴れた者勝ちだ。
 あれもダメこれもダメでは、窮屈な一生を送る羽目になる。
 ただでさえ日本社会は閉塞感が強烈なのだから、そこで静かに暮らしていたら不幸になりがちだ。

 とどのつまり、迷惑系YouTuberが増えているのは社会のせいなのである。

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雑記・読んだ本

私たちの生活は物質的には豊かになった。だが、どうであろう。豊かになったとは言われながらも、どこかに居心地の悪さ、生き難さが漂う。「どこか」どころか、社会の全体に生き難さという気分が行き渡り、支配している印象さえ感じる。その印象は自分一人だけではなく、かなり多くの人たちに共有されていると感じながらも、そこから抜け出すことができない無力感もさらに加わり、社会全体が陰鬱とした雰囲気に包まれている、そんな感じがある。

武器としての現代思想

武器としての現代思想

 

 こう書いてあるとおりで、世の中は8割の人間にとって生き難いものである。
 なぜなれば、人間は己の力で何かを成し遂げている感覚を持てないと、不幸が付着した無気力を発症しやすくなるからだ。

 豊かになった社会では、2割の支配層以外の存在は、自分が何かを築き上げる喜びを持ちにくい訳である。
 企業においてもマネジメントする側になれば、能動的に仕事をこなせて長時間勤務も楽しめるが、自己裁量権の薄い社員は退屈――いや地獄にいるように思えてくる。
 それゆえ、管理される社畜生活に耐えられない若者が出て来るのは当然だ。

 そういう人々の一部が、YouTubeなどで迷惑系動画を投稿する訳である。
 ある意味それは、自分の心を守るための行為だ。
 一般的な常識から逸脱して我を忘れなければ、生き難さが加速して人生が苦痛でしかなくなるからである。

ハイデガーは、普通一般的に存在する人間を「世人(ダス・マン)」と表現した。世人は日常世界の中に埋没し、匿名的存在となってしまい、自己の本来性を見失っている。こうした世人を覚醒させるのが、死である。誰でも結局最後には死に行き着くんだ。死に挑んでいるのだということを意識する「死の先駆性」を自覚することで、人間の本来性を獲得することができる、そのようにハイデガーは唱える。

 このようにも書かれているが、YouTuberとかニコ生主とかブロガーとか、そういう一般的な職業人生から外れている系の人ほど、「死の先駆性」を意識していることがもの凄く多いなと思う。
「一度きりの人生」「後悔がないように」といった風に、極端な言葉を用いて自分の尻を叩いているのである。

 僕は10年くらい前から様々な配信者の活動を見てきたが、ついついやり過ぎてしまう問題児ほど、ナイーブな性質を持っているように思える。

 彼らにはたぶん、自分を奮い立たせ過ぎる傾向がある。
 そのため実は、迷惑系のYouTuberや配信者は、人の気持ちが分かる良い奴なことが多い。
 考え過ぎるがゆえに、自己洗脳的に自分に火を付けてしまい、たまに道徳を爆発させてしまうだけなのである。