僕はAO入試を利用して私立のF欄大学に入った
自分の名前をきちんと書いて、足し算と引き算が出来る程度の学力があれば、どんな野蛮な人間でも入学可能な学校だった。
僕の生まれ育った地域の中では、群を抜いて偏差値が低い、いや最下層だ。
日本全体の中でも、下から数えた方が早い。
職業に貴賎はないけれど、夜の店で働いて稼ぐ女だらけだったし、男もホストクラブから直行してくる者がいくらでもいた。
まだ十代なのに、飲む打つ買うが常態化しているような、破天荒さがあった。
講義中に五百円玉を積み上げ、「ドボン!」という声を上げながら賭けトランプをしている奴や、講師にバレないよう酒を飲むスリルを味わっている奴までいた。
いかにもなチンピラの群れの中に放り込まれてしまったのだ。
僕はどちらかといえば、おぼっちゃまくんとして育てられたから、猿の惑星に来たかのような印象を受けた。
だから入学式は、暴力民族との異文化交流を強制されたようなもので、校舎裏に連れて行かれてカツアゲされるのではないか、という恐怖で胃がきりきりした。
あまりの恐ろしさで精神的に衰弱し、オリエンテーションに参加出来なかった。
その結果、入学早々、孤立……。
大学という場所にも関わらず、イジメが存在した
僕の通っていた学校は、学部によるクラス分けが行われると、高校生活のように年がら年中、ほとんど同じメンバーで講義を受けなくてはならなかった。
落ちこぼれが一堂に会すれば、トラブルが勃発するのは避けられない。
社会生活をこじらせた人間を閉じ込める、暗澹たる閉鎖空間の誕生だ。
たとえるならばブラジルの刑務所。
教養はないけれど、腕っ節はあるいじめっ子気質の男がわんさかいた。
Tシャツが張り裂けそうなくらい筋肉が肥大しているマッチョマン、思い通りにならないと暴れ出す肉ダルマ、人の心を傷つけることが生き甲斐なお洒落サイコパス番長。
「なんで教室内にギャングがいるんだよ……」と、身の毛がよだった。
この僕は、しっぺをされただけでも救急車と弁護士と警察を呼ぶタイプだから、暴力は受けなかったものの、「18歳で童貞とか人生終わってね? 何が楽しくて生きているの? 俺がお前だったら、数秒でこの世から消えるわ」ということを耳打ちされたことがあった。
それに対して愛想笑いを浮かべる僕を見て、意地汚く呵々大笑するチンピラたち。
登校二日目にして、自尊心をカツアゲされてしまった。
「窓から飛び降りたら? 下は芝生だから足折れるだけじゃね? 物は試しだろ」
数人で体を持ち上げられて、窓際に連れて行かれる男子もいた。
「嘘に決まってんだろ。なに泣きそうになってんの?」「ギャグだろ。ノリわりーな」「気分悪いなてめぇ、喧嘩売ってんのか? 上等じゃねぇか」「便所来い、タイマンしてやっからよ」
こうした理不尽な絡みも目撃した。
彼らのいかれた論理を説明すると、「退屈そうにしている男に絡んでやったのに、ぶすっとしてやがる。許せねぇ。正義の鉄槌で罰してやる」となる。
もはや肉食獣がうろつく自然界みたいなもので、狩るか狩られるか、弱肉強食の原理が急速度で働く異様な空間であった。
自宅に帰ると僕は、すぐさまスタンガンや催涙スプレー、メリケンが安く売っているサイトにアクセスしたくらいだ。
もちろんそれらを購入してリアルファイトを持ちかける度胸などなかった訳だが、そんな過激な防御行動を取ろうとするくらいに、戦々恐々としていた。
なによりも怖いのは、彼らに、ひとひらの悪意もなかったということだ。
端から見れば劣悪なコミュニケーションだけれど、これこそが彼らなりの挨拶だったのだ。
究極に素直な人間が寄り集まっていたのである。
対人恐怖症、視線恐怖症、金縛りに苦しみ始める
入学して三日目くらいに、高校生の頃から好きだった子にフラれてしまった。
一通目から1000文字以上のメールを送って気味悪がられ、返信がこなくなったから、謝罪のために2000文字の追加送信を行った。
フラれるまでに、概算およそ1万文字の文章を送りつけた。
最低のキャンパスライフを送ることになり、あまつさえ初恋に破れるという、散々な日々。
冷たくなった心が、氷裂紋様のようにひび割れた。
大学へ通うことが苦でしかなくなった。
徒歩30分、バス30分、電車1時間半。
乗り物の待ち時間も含めるなら、片道3時間近く掛かる。
登校途中に気づけば、スーパーの個室トイレに座り込んで、目を瞑っていたこともあった。
狭い箱の中だけが、安らぎを提供してくれた。
当時は家族関係にも亀裂が入っていたから、どこにいても落ち着けなかった。
だからこそ誰にも知られず、まるでかくれんぼをするように身を縮めて、個室トイレの中で現実逃避を行った。
次第に、夜も寝られなくなった
家族が寝静まった夜中、物音一つせずにしーんとしている室内。
静けさが、無音が、騒音に思えた。
ぅぅぁぁ、ぅぅぁぁ、と呼吸なのか、悲鳴なのか、自分ですら判断のつかない声を出して、頭と両手を小刻みに意味もなく揺らし続けた。
夜に布団に入って、外が明るくなったくらいにやっと眠れるという毎日。
そして決まってみる悪夢。
真っ黒な室内にいて、目の前に扉があるのに開かない。
なぜか呼吸も出来ず、体もまったく動かなくなってしまう。
途方に暮れている僕を更に追い詰めるように、ガシャーンガシャーンっという人の心を破壊するような楽器音が響きはじめて、「うるさい……うるさい……うるさい。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と喚き散らそうとするも、声が出ない。
気づくと夢から覚めているのだけれど、金縛り状態で動けない。
さらに自分が小さくなってゆく感覚、不思議の国のアリス症候群ともいうが、敷き布団の中心に奈落へ続くワームホールが開いて、そこへゆっくりと吸い込まれているような感覚に囚われてしまう。
朝起きることすら、ままならなくなった
体が布団に縫い付けられているかのように、身動きが取れない。
目覚ましが鳴っているのに、金縛りは一向に解けない。
「かごめ……かごめ……籠の中の鳥は……いついつ出やる……」
この童謡のように、僕自身が過去に見聞きした怖い話しが、途切れ途切れの幻聴となって、僕を苦しめた。
寝られなくて起きられない。
自己管理が不可能になった。
常に過緊張状態で、夢と現実の境が分からなくなっていた。
脳が正常に回転しなくなって、物事の認識が不可能になった。
「あれ? 今自分は何をやっているんだろう?」
記憶が連続しなくなっていた。
急に未来に飛ばされてしまったような感覚。
なんだろうこれ……。
特別な何かがある訳でもないのに、ただならぬ気配(背後からの殺意)を感じるようになってしまった。
コミュニケーション障害を持ち始めた
「ピピピくんおはようございます」と挨拶をされても、「え……?」と状況が掴めなくなる。
人生に対する恐怖感で、脳が誤作動を起こしていたのだ。
深呼吸をして受け入れ準備を整えなくては、会話の方法を思い出せない。
後ろから肩を叩かれて、挨拶されたりなんかしたら、「殺される……!」と身構えたことすらあった。
たった一回の会話が、何十時間も続く拷問のように思えた。
体が冷え切った感覚と、「自分のような劣等生が平気で街を歩いて良いのか……」という恥ずかしさで燃えるような感覚が、両立し、猛威を振るっていた。
燃え上がる寒気。
全ての爪が捲れ上がるように、猛烈に指先が冷えていった。
自律神経を失調していたのだと思うが、手先がぴくぴくと震えていた。
そんな無様な姿を他人に見られたくないから、その辺に落ちている小石や、自宅の鍵を手の平に置いて握り込み、痛みを発生させることで冷静さを取り戻そうとした。
血を捧げることで、神に許しを請おうとしたのだ。
人知を超えた者に、両手を合わせて救いを求めるくらい、僕は病んでいた。
絶大なる人間不信が訪れた
それも他人がどうのこうのよりも、己自身を呪うようなものだった。
僕の歩き方は、みんなと比べておかしいんじゃないか……?
僕の喋り方は、みんなと比べておかしいんじゃないか……?
僕の生き方は、みんなと比べておかしいんじゃないか……?
自分がただ立っているだけ、ただ呼吸しているだけで、得体の知れない恐怖に襲われる。
ますます記憶があべこべになってしまい、「自分はなぜ外にいるのか、僕は本当に高校を卒業したのか? 僕は誰なんだ?」という疑問で壊れそうになった。
何もしていないのに呼吸が荒くなり、何かに追い立てられているような気分になっていた。
音にも敏感になった。
学生食堂で食べるのが苦痛だった。
かちゃかちゃっという食器のぶつかる甲高い音、くちゃりくちゃり、ぐびぐびぐびっという咀嚼音が、不快でしょうがなかった。
深い息を吸って吐いて、目を瞑りながらご飯を口に運ぶのだが、まったく味がしなくなった。
人生から色味が失われた。
そうして僕は、息を引き取ったように動かなくなった――
雑記・最近読んだ本

- 作者: スティーブ・J.マーティン,ノア・J.ゴールドスタイン,ロバート・B.チャルディーニ,Steve J. Martin,Noah J. Goldstein,Robert B. Cialdini,安藤清志,曽根寛樹
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ほかの人が何らかの社会規範を破ったのを見た人は、自分でもその社会規範を破りがちになるだけでなく、その社会規範と関連した別の規範を破る可能性までもが高まる。
こう書いてあるように、僕の大学でもこうした非道徳の競争とでも呼ぶべき現象が起きていた。
「あの人が10レベルの規則を破った。じゃあわたしは11レベルの規則を破ろう」
こんな流れでもって、みんなで度を超えた羽目を外すようになる。
集団がギャング化してゆくのだ。
大学という、高校よりかは自由の利く場所に、本能を重視する荒くれ者が集結してしまえば、暴力的な化学反応が起きるのも無理はない。
冗談とか一切抜きに、Fラン大学には高性能監視カメラや、天井から電流を流せるような遠隔スタンガンみたいなものを常設しておく必要性があると思った。
雑記2・昨日の記事について
pipipipipi-www.hatenablog.com こちらは映画やドラマとの差についてなど、言及が足りていない部分が多いという意見がちらほらあったから、もう少し考えが深まったら(いつになるか分からないが)、リベンジ記事を出そうと思う。
僕がブログを書く理由として、思考力や表現力、語彙力を高めたいのと、鬱憤を晴らしたいっていうのがある訳で、やっぱり自分の中だけでも良いからクリティカルな文章を書けたという感覚を持てるのが大事な訳で、しっくりこなかった、読者が疑問を持ったままで終わってしまったという記事に関しては、第二弾、第三弾をいずれ出して、自他共にフラストレーションを解消出来るように創意工夫を重ねて行こうと思う。
たとえ間違った方向にでも良いから、深度のある記事を書けるようにしたい。
世の中には明らかに頭のおかしい文章だけれど、その人なりの深さを感じるから攻撃的なくらいの意味を持った作品というのがある訳で、そういうものを沢山書いて行きたい。
今回の記事は創作だと思った人がいるみたいだけれど、僕が通っていた大学は、消える可能性が極めて高い危険大学と2chでネタにされていたこともあるし、山上の遊郭(仮名)みたいな異名を付けられていたくらいだった。
— ピピピピピ@プロ社内ニート (@pipipipipi_wara) 2017年1月12日
本当の意味で誰でも入れる大学は、創作以上の事件が起きるものなんだよね。