ピピピピピの爽やかな日記帳

リボ払い借金120万円で無職30歳。下克上するお話

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30歳、会社員を辞めたゆえ報告!父親という仮想通貨に投資して生きてゆく

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会社員を辞めた理由&父親という仮想通貨の要点まとめ

・今働いている経営コンサル会社を辞める
 約10年前に父親が起業し、3年前に正社員として雇い入れられた。
 僕は、事務作業やセミナーの設営準備、犬の散歩などをしてきた。

 

・3年間働いた末、「働きたくないし、働く必要がない」という賢明な判断を下した
 専用ソフトウェア導入により、作業時間の短縮・効率化が図られたゆえ、会社への負担が大幅に減った。
 そして元より、僕は単調的・創造的作業のみならず「やるべきことをこなす」というプレッシャーが苦手であるから、働くこと全般を諦めた。
 これからは「責任」の埒外から、父親の負担を軽くすべく作業する。

 

・定額給与10万円コース
 毎月の労働時間が0でも、10万円だけ支給され続ける。
 家賃、光熱費、スマホ代、ネット代は、会社で支払ってくれる。
 お手伝いをした場合、閑散期・繁忙期の区別なく、インセンティブ(数万円~)を与えられる。
 先にも記述したとおり、今後は「所属」という概念の枠外でサポートする。

 

・資産状況
 マイナス40万円(リボ払い借金20万円・BTOパソコンローン20万円)
 将来、フルリフォームした一軒家を受け継ぐ
 社内預金(300万円程度・毎月増加)
 ダックスフント(亡くなった場合、新規調達可)

 

・父親という仮想通貨に投資して、好きなことで生きてゆく
 人間には向き不向きがあり、僕は労働が性に合わない。
 従って、「高度な専門的ビジネススキル」を持った父親に動いてもらうほうが得策。
 そこで、父親を仮想通貨に見立て、様々な意味合いでの投資を行う。
 具体的な例を出すならば、「健康」「寿命」「幸福」という3点のレベル向上を図るため、栄養度の高い料理の提供、健康情報の家庭内メルマガ発行、ラポール形成と維持を前提に置いた父子間コミュニケーションの増強、などを半永久定期に実行する。
 これはつまり、日本人が熱狂する仮想通貨のように冷たいマネーゲームではなく、家族愛を中心に据えた温かいヒューマンゲームなのだ。
 それゆえ僕は、ビットコインやイーサリアムではなく、父親という仮想通貨に投資する。

 これらは、真剣に頭を悩まして考えた、僕の断固たる決意だ。

 ラ・ロシュフコーが箴言集の中で、『運命によってわれわれに起きるすべてのことに、われわれの気質が値段をつける』と語っているが、僕は傲慢な無職になると心を決めたゆえ、堕落した己自身の全生涯に、勝手気まま100億ドルの値を堂々と付けるから、何一つ怖いことなどありはしない。

ピピピピピの爽やかな「☆顔出しお喋り動画☆」


30歳、会社員を辞めたゆえ報告!父親という仮想通貨に投資して生きてゆく

“遊ぶ寝る食べる”にしか時間を使いたくない

 1時間で6000文字書くという超速筆の小説家・森博嗣が、『基本的な人間の権利(人権)は、なにかの義務と交換するものではない』と主張するように、親のすねをかじる無職も立派な人間だ。
 女子高生や東大教授となんら変わりない、尊き人類の一員なのである。

 この僕自身、2018年から晴れて無職の民になる訳だが、決して後ろめたい気持ちはない。
 むしろ清々しく、陽光と交わる雨上がりの雪だるまのごとく、心に光が帯びている。

父親という仮想通貨で億り人になるため、まずは健康ガチ勢になる

 腹が減っては戦は出来ぬし、健全な精神は万全な肉体に宿るし、つまるところ最高の未来は最善の心身あってこそだ。
 廃業農家で横たわるみじめな養豚にならぬよう、ハッピーマテリアルな食料品に投資する癖付けをしたい所存。
 かくのごとく、爆益を呼び込める小綺麗なブタさんになるべく、健康ガチ勢、栄養ガチホ勢としていざ出陣する。

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 こちらはつい先日、デパ地下の健康スーパーでざっとまとめ買いしてきた。
 なるだけ、必要過多な糖分が排除されていて、食品添加物や邪悪な油分の含まれていない商品を選択したつもりだ。

 大体これで7000円弱である。

 すぐに咀嚼し飲み込むものに多額の現金を投じるのは、心苦しくもあるのだが、飲み会を2度、どんな闇の手法を用いてでも奢ってもらうことにすれば、なんなくペイ出来る数字だ。
 また、僕の顔面劣化ゆえか、悪意に満ちた人間性ゆえかは不明だが、まったく女っ気のない日々になってしまったため、浮いたデート代を健康投資として注ぎ込めるから、涙がちょちょぎれるほど幸せこの上ない。

 彼女がいなくっても、大好きなミニトマトやふじリンゴの真っ赤なほほえみ、十勝彩美牛の丸みある柔らかさ、豆乳グルトの雪原レトリック的な表現力、玄米胚芽納豆の落ち着きっぷり、飲むミドリムシの自己主張力、これらを舌先で味わい、喉元で捕まえ、胃でもってその力強さ、優しさ、愛おしさを消化吸収させてもらえるだけで、この銀河系ひいては地球惑星に、心より感謝申し上げたくなるので、お悔やみの言葉など毛頭必要とせぬのである。

犯罪者のおじいちゃんが憧れであった

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 僕は北海道の辺境地帯、深い森に囲まれた村――世にいうところの限界集落じみた場所で生まれた。
 そのような地域にて、おじいちゃんは数々の悪行に手を染めながら、“人間の幸福とはなんたるか”をその身でもって教えてくれた。

 とある日、見知らぬ倉庫に連れて行かれ、「大きいおうちだねー」と幼少期の僕が反応するや否や、窓ガラスを肘で割るおじいちゃんの姿が目に留まった。
 なぜだか、ガシャーンっという高音の響きなどなくて、一体全体どうしたことだ……と幼いながらも疑問を巡らしていると、その理由が解明された。
 窓ガラスを打ち砕く前にガムテープを張り巡らせ、木っ端みじんの不協和音が出ないようにしていたのだ。

 あまりの驚きに目玉がごろごろと転がって、到着した先は翌日の水辺。
 僕の眼前で、青々とした龍が空を突き破らんばかりに、悠々と飛翔していた。
 厳密にいえば、水面が砕けるがごとく、激烈な勢いを持って大量の水分と魚類が吹き上がったのである。

 投げたのだ。火を付けたのだ。おじいちゃんがダイナマイトをぶち込んだ!
 先日の不法侵入の成果、ここに極まれり。

 そう、そうである、違法至極の盗難式ダイナマイト漁を敢行するに至ったのだ。

 ひゅるりひゅるりと、狩りの喜びを口笛へと昇華したおじいちゃんは、その帰り、非合法ルートから入手したトラックを運転し、中途、古くさいパチンコ店に停めてあった乗用車からナンバープレートをべっきべきに引っ剥がし、あたかも最初からワタクシの所有品ですが? という面構えにタバコを一本差し込んだ風情を決め込み、颯爽と帰路につくのであった。

 そんな風に悪事を働いてばかりだったおじいちゃんは、少し前、農業用倉庫の中で、安らかに絶命していた。
 上向きになった腐乱死体は、世間に誇れるような代物ではなかったかもしれない。
 でも最後の瞬間、犬や猫がおじいちゃんを取り囲み、いつまでもいつまでも瞳の開きを待ち望んでいた。
 そこには幸せの集大成があったのだ――

 僕はダークヒーローのおじいちゃんになりたかった。
 なのに気付けば、会社でこぢんまりと座ってポチポチと数字を打ち込むだけの、乾ききった社畜くずれと化していた。
 そうして、資本主義の犬畜生に成り下がった僕は、憂さ晴らしをしたいがためにトレンド記事をまき散らしたり、テレアポ会社を転々として小銭稼ぎをしたり、通り魔ナンパをめくら滅法に行ったりと、貧弱で浅薄で下劣なるつまらない大人の一人になった……。

 なにがどうして、なにがどうなって、こんな理想の対極で腐りゆく羽目になってしまったんだ。
 こんなことなら、僕もろともダイナマイトで粉砕撃破してくれば良かったのに。
 なんでだよ、なんであの日の爆破は、僕に致命傷を与えなかったんだ。
 ただの穀潰しが、薄汚れが、人崩れが、寄生虫が、蛆虫が、屑が、意味もなく呼吸して、まばたきして、座って立って、眠って起きて、泣いて笑って悲しんで喜んで、そんな穢れた繰り返しを生きて、どうするんだよ。

 ――そんな風に思ったこともあるけれど、「人生……、開き狂って、気が狂って、踊り狂った者勝ちなんだ」って、僕の肥大化し続けていた憂鬱を、おじいちゃんが、肘打ちでバリィーンっと割って、その上、ダイナマイトで破裂させてくれた。

 おじいちゃん、おじいちゃん、僕の大好きだったおじいちゃんが、「人生を楽しむためには、どんな手段でも使ってのける」というあの執念を、天上世界から伝達伝送しようとしてくれているんだ。

 団鬼六も語っていたよな。

「一期は夢よ、ただ狂え」って。

 人生、気が触れてからが始まりだ。

ただ遊べ 帰らぬ道は誰も同じ-団鬼六語録 (祥伝社新書148)

ただ遊べ 帰らぬ道は誰も同じ-団鬼六語録 (祥伝社新書148)

 

親に依存して、好きなことで生きていく

 それでは最後に、来年の抱負――否、この先、一生涯における理念を掲げておきます。

『心から楽しいこと、好きなことしかしない』

 極論、はてなブログやYouTube経由で女の子と知り合って遊んだとして、その子が退屈なブスだったら5分で家に帰ろうと思います。
 僕は、退屈な美女は好きです、愉快なブスも好きです。けれど退屈なブスは大嫌いなのでございます。

 こうした好き嫌いの強化、やりたいこと以外は一切やらないという、ワガママ頑固一徹として生き延びるつもりです。
 なので、はてなブログにおいても、自分が心の底から書きたいと思う記事しか、今後は投稿しない方針にします。

 以前は、訳も分からず追い立てられるようにトレンド記事を粗製濫造して、数字の上昇を追い求める、不健康な青い鳥症候群に陥っていました。
 そんな退屈で惨めな競争から僕は脱することを誓うとともに、飛ぶ鳥を見逃す勢いのKYな穀潰しブロガーとして生存してゆく心積もりです。
 かいつまんで言えば、SEOや広告収入のことは考慮せず、ただ書きたいことを、ただ書きたいという一心で書き上げたときのみ投稿するという、従来のスタイル(はてなブログにやって来た5年前)を蘇生させます。

 という訳ですので、ムカついたら誰かを罵倒し、偉そうに自慢を繰り返して優越感に浸り、他人の揉め事に口を挟んで状況を悪化させたり、と言いたいこと、やりたいことを存分に楽しみます。
 そんな邪心を研ぎ澄まして、マウンティング活動を心ゆくまでやり続けるのが大切だなー、と考えています。

 自己中心主義に立ち返るピピピピピを、来年もどうか皆様、宜しくお願い致します。

良いお年を!良いお年を!良いお年を!

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雑記・社会が保護すべき『労働障害者』について

 僕は精神科医をただの妄想家と見做しているため、彼らの業務など知ったこっちゃないのだが、うつ病や双極性障害、社会不安障害と並列で、『労働障害』という病名も流行らせてくれないものかと思わずにはいられない。

 自己診断をした結果、僕も『労働障害』を煩っていることが判明した。
 何もこれは、皮肉をまき散らす意図で書いているのではない。

 僕は18歳で社会に出てからというものの、100社以上の企業を退社し、履歴書・職務経歴書を軽く500枚以上書いて来た。
 でも、踏み込んだ右足にガムが付着するように、出鼻をくじかれることばかりだった。
 毎朝毎晩、スタンドミラーの前に立って、

「今回こそは今回こそは今回こそは……辞めない辞めない辞めない……駄目だ駄目だ駄目だ……負けるな負けるな負けるな……耐えろ耐えろ耐えろ……働け働け働け……負け犬負け犬負け犬……強くあれ強くあれ強くあれ……稼げ稼げ稼げ……出世出世出世、名声名声名声、地位地位地位」

 などと、鏡面の自分に自己暗示を掛け続けても、労働を継続することが出来なかった。
 どうにかこうにか就業までこぎ着けても、『労働うつ』のような症状が起きて、「あぁ……えぇ、あ、う、ぅ、ああ、あぁ、はい……」など吃音だらけのコミュ障となり、1時間に5回くらいトイレに行きたくなり、続けようがない状態に追い込まれた。
 そしてばっくれる訳だが、途端に羽ばたくモンシロチョウのように、心が真っ白に洗われて、「あー幸せ、人生幸せ、ありがとう!」と、森羅万象への感謝がみなぎってくるなんてことの連続であった。

 これすなわち、労働障害。そう命名せず何と呼ぶ。
 労働障害者年金を支給せよ!

雑記2・読んだ本

ラ・ロシュフコー箴言集

慎ましさとは、妬みや軽蔑の的になることへの恐れである。幸福に酔いしれれば必ずそういう目にあうからだ。

 他者から罵倒され、軽蔑され、藁人形に釘を打ち込まれたとしても、慎ましさをかなぐり捨てて自分に正直に生きた方が、人生の総合満足度は大きくなるだろう。
 そんなことを考えさせてくれる、一文であった。

ラ・ロシュフコー箴言集 (岩波文庫)

ラ・ロシュフコー箴言集 (岩波文庫)

 

暇と退屈の倫理学

 労働者の暇が搾取されている。高度情報社会という言葉が死語となるほどに情報化が進み、インターネットが普及した現在、この暇の搾取は資本主義を牽引する大きな力である。
 なぜ暇は搾取されるのだろうか? それは人が退屈することを嫌うからである。

 暇は幸せの源であるけれど、手に入れた暇の運用方法を誤ると、それは途端に「退屈」へと変化してしまい、所有者の心をじわじわと蝕むような危険概念でもあるなー、と思えた一冊。
 それゆえ、「ただ遊ぶ」「ただ楽しい」という感情を育て上げることに成功した者は、たとえ地位も名声も金銭もなかろうと、世界の覇者なのだ。
 資本主義にヒビの入り始めた昨今では、尚更そうなるであろう。
 暇の中でなにかしらに没入するという行為、それこそが人類究極の幸福なのではないか、というひとまずの結論を得た。

暇と退屈の倫理学 増補新版 (homo Viator)

暇と退屈の倫理学 増補新版 (homo Viator)